ビスコ
夏休みに入るちょっと前。
なんだか急に母の顔が見たくなって、車を走らせた。
ここから飛ばして50分。
近くも遠くもない、中途半端な距離。
誰にも邪魔されない空間の中で、好きな音楽をかけ、まるでジャイアン・オン・ステージのように歌う、歌う…。
悦に入ってサビに突入したら、信号待ちで対面したトラックの運転手さんと目があって赤面したよね…笑
アパートの狭い駐車場に停めて101号室のドアノブを回すと、当然のように開いていて、中からは煮物のいい匂いと「早かったねぇー」と台所からの大きな声。
「玄関、鍵かけときなよー。相変わらず無用心だな!」お決まりの文句を言いつつ、仏壇に手を合わす。写真の父もいつもの笑顔だ。
まる「炊き込みご飯、作りすぎたから持ってきた。」
母「ゼンマイ煮たから持っていきな」
お互いの手料理を物々交換して、他愛のない話をしてゲラゲラ笑って、下校の時間に間に合うよう帰る。
「あ、ちょっと待って!これも持っていきな。…玉ねぎと人参、あるー?」
冷蔵庫や棚をガサゴソガサゴソ…私が持ってきた差し入れの何倍あるのよ…それ。
「スピード、出さないように。左をノロノロ走ってりゃいいんだからね!運転、気をつけんだよ!」
…何百回聞いたことか。
「はーい。ありがとね。来月はみんなで顔出すよ」
ジリジリ陽射しが照りつける中手を振る母に、「もういいから家に入れ」とジェスチャーで伝えて車を発進させた。
帰りの西湘バイパスは、何だか海がキラキラしていて、久しぶりに投げ釣りでもしたいなぁなんてぼんやり思ったりした。
自宅に着いて、
母からの差し入れを出していると、袋の奥から3つのビスコが(←バラのやつ)。
「もう子供じゃないんですけど。」
心の中で憎まれ口を叩きながら、ぽいっと一口。
それは、不器用な母からの『ガンバレ』なのでした。