｢他者の痛みを感じることのできる大人になりなさい｣


母親にはいつもそう言われていた｡




学生時代にﾃﾞｰﾄに備えて乳首の毛を“爪切り”で処理していた先輩の知り合いが



うっかり手を滑すべらせて乳首を｢ﾌﾟﾁﾝ！｣と切ってしまった話を思い出すたびに




両乳首を押さえながら


｢いやｰ！！！｣と


顎が外れるほど叫びたくなります｡




母さん！

おかげで他者の痛みをﾊﾞｯﾁﾘ感じることのできる大人になりました｡




さて､俺が他者の心の痛みを初めて感じることができたのは､いつだったかと思い返してみた｡




俺が記憶してるのは小学生に上がる前｡


ちびりょうまの時代である｡





親戚のおっちゃんに連れられて､神戸のﾃﾞﾊﾟｰﾄの屋上でやってた｢秘密戦隊ｺﾞﾚﾝｼﾞｬｰｼｮｰ｣での出来ごとであった｡




ｺﾞﾚﾝｼﾞｬｰと言えば､俺と同世代なら誰もが知ってる憧れのﾋｰﾛｰである｡



当時のﾁﾋﾞｯｺには大人気で､俺も熱狂的なｺﾞﾚﾝｼﾞｬｰ信者であった｡



ｺﾞﾚﾝｼﾞｬｰは今の戦隊ﾋｰﾛｰの先駆け的な存在で『赤､青､黄､緑､桃』と各色でのｷｬﾗｸﾀｰが存在していた｡



5人そろってｺﾞﾚﾝｼﾞｬｰという戦隊ﾋｰﾛｰなのだが



ｺﾞﾚﾝｼﾞｬｰの中に､一人だけ｢ん？？｣って思う異質なﾋｰﾛｰがいた｡




その名は




｢ｷ（黄）ﾚﾝｼﾞｬｰ｣である｡






このｷﾚﾝｼﾞｬｰ､一人称が






｢おいどん｣である｡





戦隊ﾓﾉのﾋｰﾛｰが


｢おいどん｣って言うのである｡



一人称ばかりか､口癖が




｢ｵｲは阿蘇山ﾀｲ｡　怒ればでっかい噴火山ﾀｲ｣


｢まかせんしゃい！｣



｢はいな！｣




もう､戦隊ﾋｰﾛｰの口癖じゃないぞｺﾚ｡




ｺﾞﾚﾝｼﾞｬｰごっこしてて



こんな決め台詞だけは絶対にｲﾔやもん！！




んで､ｷﾚﾝｼﾞｬｰといえば切っても切り離せないのが“ｶﾚｰ”




ｶﾚｰ大好きｷﾚﾝｼﾞｬｰ！って言うほど


なぜか異常にｶﾚｰに執着してるﾋｰﾛｰだった｡



いや､いいねん｡



みんなｶﾚｰは大好物だから｡



ﾁﾋﾞりょうまも大好きやったし｡




だけど､戦隊ﾓﾉのﾋｰﾛｰが｢ｶﾚｰ大好き｣を売りにしてどうするって思う｡



ｶﾚｰを好きすぎて､仮面怪人（悪者）が用意したｶﾚｰでさえも我慢できずに食べてしまって一服盛られてしまったり



ｶﾚｰがｷﾚﾝｼﾞｬｰをおびき出すｴｻになってて見事にｷﾚﾝｼﾞｬｰが罠に引っかかるたびに




｢ちょｗｱﾎｰ！！！｣

ってﾁﾋﾞりょうまはﾃﾚﾋﾞの前で叫んだものである




んで各ｷｬﾗｸﾀｰを題材にした挿入歌みたいなのもあって



｢赤い力だｱｶﾚﾝｼﾞｬｰ｣



｢青い空からｱｵﾚﾝｼﾞｬｰ｣



って他のﾒﾝﾊﾞｰは､なんだかｶｯｺｲｲ､歌のﾀｲﾄﾙなのだが




ｷﾚﾝｼﾞｬｰの挿入歌のﾀｲﾄﾙだけは












『おいどん大喰いｷﾚﾝｼﾞｬｰ』






もうほとんどｲｼﾞﾒじゃないか｡






戦隊ものｼﾘｰｽﾞの黄色は



｢ｽｰﾊﾟｰ戦隊の黄色＝ｶﾚｰ好き､ﾃﾞﾌﾞ｣

というｲﾒｰｼﾞが定着したのはｷﾚﾝｼﾞｬｰの罪だと俺は思う｡





さてさて､そんなﾃﾞﾊﾟｰﾄの屋上でｺﾞﾚﾝｼﾞｬｰｼｮｰが終了した後は




お待ちかねの握手会＆２ｼｮｯﾄ記念撮影会でああった｡




舞台の上で各ｺﾞﾚﾝｼﾞｬｰが全員横一列で並び､



子どもたちが｢握手券｣を握って､好きなｷｬﾗｸﾀｰの前に並ぶのだ｡




俺の好きなのは断然｢赤ﾚﾝｼﾞｬｰ｣である｡



なんと言ってもｺﾞﾚﾝｼﾞｬｰの主人公だから､赤ﾚﾝｼﾞｬｰが一番人気でものすごい行列ができていた｡



俺は赤ﾚﾝｼﾞｬｰの行列の後ろでﾄﾞｷﾄﾞｷしながら待ってたんだが


他のﾚﾝｼﾞｬｰを見渡すと､2番人気が青ﾚﾝｼﾞｬｰでこちらもすごい行列｡


次いでﾐﾄﾞﾚﾝｼﾞｬｰやﾓﾓﾚﾝｼﾞｬｰもまぁまぁの行列ができていた｡



そして気になるｷﾚﾝｼﾞｬｰの前に並んでるのが










3人くらい｡


超さむい。



何と無く覚えてるのが､子ども一人と､お爺ちゃん2人｡





ｷﾚﾝｼﾞｬｰ10分くらいで終了―｡




ｷﾚﾝｼﾞｬｰは腕組みしながら､他のﾚﾝｼﾞｬｰ達の握手会が終わるまで､舞台の上で一人で待ってるわけである｡




ｱｶﾚﾝｼﾞｬｰの行列に並びながら､俺は一人ぼっちのｷﾚﾝｼﾞｬｰを見つめていた｡




自分のこと｢おいどん｣と言おうが


ｶﾚｰばっか食べてる｢ﾃﾞﾌﾞ｣だろうが



ｷﾚﾝｼﾞｬｰは純朴で心優しいﾋｰﾛｰなのである｡


ｷﾚﾝｼﾞｬｰの勇士が頭の中でｸﾞﾙｸﾞﾙと回る｡




ﾏｽｸで顔は見えないが､きっと表情は落ち込んだ顔してるんだろうだろうな｡



一人ぼっちが何より辛いことを知ってる､ちびりょうまは､何だかいたたまれない気持ちになってしまい



ｱｶﾚﾝｼﾞｬｰを待つ列から抜けて走り去ってしまったのである｡




走り去った先は､ｷﾚﾝｼﾞｬｰの前だった｡




ｷﾚﾝｼﾞｬｰはびっくりした感じで俺を見ると､握手ではなく抱きかかえてくれた｡



そして抱っこされたまま2ｼｮｯﾄ写真を撮ったのである｡




やっぱｲｲ奴だぜｷﾚﾝｼﾞｬｰ｡





ただ連れて行ってもらった親戚のｵｯﾁｬﾝ曰く


帰りの車の中でｱｶﾚﾝｼﾞｬｰと握手できなかった後悔で大泣きをしてたらしい｡



泣くくらいなら始めからｷﾚﾝｼﾞｬｰの元に走るなよﾁﾋﾞりょうま！



でも子どもの頃の俺は､心の優しい少年だったんだ｡




それから20年くらい経った頃




俺が20代半ばだったと思う｡


とあるｲﾍﾞﾝﾄの打ち上げ会場でやたら元気なおっちゃんがいた｡




そのおっちゃんは某格闘技の先生であったんだが､弟子みたいな人が俺に話しかけてきた｡




｢先生は若い頃､ｷﾚﾝｼﾞｬｰだったんですよ｣




厳密にいうと､この元気なおっちゃんは



ｷﾚﾝｼﾞｬｰの中に入っている人だったのである｡





俺はめちゃくちゃﾃﾝｼｮﾝが上がってしまい､



その格闘技の先生にｺﾞﾚﾝｼﾞｬｰが好きだった話から


神戸のﾃﾞﾊﾟｰﾄでのｷﾚﾝｼﾞｬｰｴﾋﾟｿｰﾄﾞを夢中になって話した｡




ｷﾚﾝｼﾞｬｰの中の人は､ずいぶん酔っぱらってて



｢ﾜｼ人気無かったからな｡よｰ覚えてないけど､そういう少年いたような気がするわ―！｣


という微妙なﾘｱｸｼｮﾝであった｡






｢ﾜｼ､酒飲みすぎて黄疸出てるからｺｽﾁｭｰﾑ着なくてもｷﾚﾝｼﾞｬｰやろ？｣


ちょっと痛い人だった｡




ただ､ﾃｰﾌﾞﾙの上にﾄﾞﾗｲｶﾚｰがあって､


そのｶﾚｰをいつ食べるのかﾄﾞｷﾄﾞｷしながら見てた｡




そしてｷﾚﾝｼﾞｬｰは､ﾄﾞﾗｲｶﾚｰには手を付けず､おもむろにﾏｲｸを握ると




主題歌である『進め! ｺﾞﾚﾝｼﾞｬｰ』を振付つきのｶﾗｵｹで踊り歌いだした｡




打ち上げ会場は俺と同世代の人も多く“ﾘｱﾙ”ｺﾞﾚﾝｼﾞｬｰに大いに盛り上がった｡



そして1番のｲﾝﾄﾛ終了でｷﾚﾝｼﾞｬｰの中の人は､調子に乗って｢ﾄｩ！！｣って大きくｼﾞｬﾝﾌﾟしたのはいいが



着地した先が運悪くﾃｰﾌﾞﾙの隅でおもいっきりﾃｰﾌﾞﾙの上から転倒して後頭部を地面に打ちつけた｡




『進め! ｺﾞﾚﾝｼﾞｬｰ』のｲﾝﾄﾛだけが会場に流れるなか､


後頭部を押さえて苦痛の表情を浮かべて倒れこんでいるｷﾚﾝｼﾞｬｰ｡



会場が騒然とする中､俺は唖然としながら､石頭のはずのｷﾚﾝｼﾞｬｰが頭を抱えて苦しんでいる姿を見下ろしていた｡




俺が初めて他者の痛みを知った人は､



目の前で痛い思いをしている痛い男性､


ｷﾚﾝｼﾞｬｰの中の人だったと思う｡