人生ってある日を境に大きく変わるものである。





俺が中学2年生の頃の話。





当時、クラスメートに中野くん（仮名）というすっごい地味な男がいた。




中学生なら、だいたい学年で



1割はヤンキー等の目立つグループ。



8割は、あまり目立たない普通のグループ。



残りの１割は、



存在さえ気づかれない日陰なグループ。





中野くんはその最下層の中にいて、
彼とは小学生の頃から一緒だけど
その頃の記憶がほとんど無いくらい地味な男。



その当時をシュミレーションしてみて、
将来大人になって卒業アルバムを見ても、




「誰やった、コイツ？」


って言われそうなタイプ。





きっと同窓会なんかでも



「あれ、お前誰だっけ？」




「えー、僕は中野だよ！」




「（ﾅｶﾉ？そんな奴いたかな…）おー、中野かぁ！久しぶりだな」




「久しぶりやね！」




「（誰かわからないけど）まぁ、飲めや、中野！」





そのファーストコンタクト以外は、同窓会終了まで一切話をしない（っていうかできない）


中野くんは、そんなタイプの人間になるのだと思っていた。








しかし中野くんの人生を大きく揺るがす事件が勃発する。






忘れもしない中学2年の夏。








休み時間に俺が運動場を歩いていると、
1学年上のサッカー部の先輩が蹴ったボールが、
すごい勢いで俺の方に向かって飛んできたのである。






当時は俺もばりばりのスポーツ少年であったため、反射神経はさえわたっていた。



間一髪で飛んできたサッカーボールを避けたのだが、俺の背後で「バコグニャ！」っと嫌な音が聞こえた。






後ろを振り返ると、おびただしい鼻血を流した、中野くんがうずくまっていたのである。






サッカーボールは、地味なうえにﾄﾞﾝ臭い中野くんの顔面に直撃したのであった。





慌てて、俺とサッカー部の先輩とで、鼻血まみれの中野くんを保健室に運んだ。




（中野よ…なんて不運なんだ…）



中野を保健室に運びながら俺は心から彼を憐れんだ。





しかし、このサッカーボール直撃事件は、彼にとって不運ではなく、その後の学校生活をバラ色に変える幸運の一撃だったのである。





実はサッカーボールが顔面に直撃した中野くんの後ろに、中学3年生の女子5人がいたのである。





女子5人達は、鼻血まみれの中野くんを見て思った。






「彼は私たちを守ってくれた・・・」



彼女たちは、中野くんが自分の身を挺して、
自分たちを守ってくれたのだと勘違いしたのである。




そして思春期真っ盛りな彼女たち5人は、その出来事により







中野くんに恋したのである。







言っておくが、まったくの偶然である。






「下を向いて歩いていたら偶然ボールが顔面に当たった！」

って中野くん自身も証言してるのだが



一度、恋をした女子中学生は猪突猛進なのである。




次の日から、女子中学生5人は、中野親衛隊として
彼の周りにベッタリと張り付くようになった。




個人差はあるのだが当時の思春期の女子というのは不思議なものである。





恋というものに、おぼろげな憧れはあるものの


明確に「恋」という感情をつかんでいるわけでもなく、ちょっとしたきっかけで「なんとなく好き」って感情を、とりあえず「恋」にしてしまうのである。




「私は恋をしている」

ってことそのものが高揚感となり猪突猛進にしてしまう。




これは当時の女子中学生の流行病的なことかもしれない。




サッカーボールから女子を守った中野くんの話は、あっと言う間に学校内を駆け巡った。





本能的に守られることを求めている女子にとって

中野君の武勇伝は、ある種の好きになるきっかけとなり


あるいは「みんなが好きだから、じゃあ私も好きになろう」という理屈も加わり





雨後の筍の如く、次々と「私は中野くんが好き」という女子が現れだしたのである。







これまで存在そのものが誰にも知られなかった中野くんは


瞬く間に学年一の人気者となったのである。







いわゆるこれが母校で有名な「中野フィーバー」である。







余談だが、この中野フィーバーは上級生が卒業した後も長く続くことになった。



というのも、いつの間にかサッカーボールではなく


「ヤクザから女子5人を守った」だの「黒人の米兵から命がけで女子を守った」だの




中野の武勇伝に尾ひれがついて地域一体に伝わったので入学したばかりの下級生女子にも中野君は大いにモテた。






中野フィーバーが起こった当初は戸惑っていた中野くんだったが、




この頃になると、「モテキャラ」風にキャラ変貌していて

いつの間にか何とも小憎たらしい男になっていたのである。






ともあれ、中野フィーバーが起こるまでを目の当たりにした俺は



（こうしてブームって作られていくんだな・・・。）と実感した。




もし俺がビル･ゲイツだったら、この中野フィーバーから何らかのヒントを得て

中３からビジネスを起こし今頃、大金持ちになっていたはずである。




ただ、いかんせん「霊長目ゲス科」に所属している俺は





「ボールから女を守ったらモテる」



っという二番煎じのブームを意図的に作りたいというゲスな発想しか出てこなかったのである。





モテたいがため毎日のように俺は運動場に立っていた。






ただし、そうそう、女子に向かってボールが飛んでくることもなく





俺はただただ校庭のど真ん中で、

鋭い視線で辺りを見渡す





「気持ち悪いＳＰ」みたいな存在になっていた。








これはダメだとさとり、幼馴染のヨシと結託して、


1人が女子の方に目がけて、思いっきりボールを蹴り、1人が身を挺して守るという作戦を決行することにした。





しかし俺が蹴ったボールは、これまたﾄﾞﾝ臭いヨシがまったくカットできず、





クラスの女子の太ももに直撃した。




ただただ俺も女子にモテたかったはずなのに、




2ケ月間くらい女子から無視をされるはめになったのである。






その後の、中野くんの話であるが



高校に進学するとさすがに中野フィーバーの威光はすっかり消え失せ



当初の地味な生徒として3年間の学園生活を送ったそうである。




ただ、10年ほど前に、最初の5人の親衛隊のうちの一人と結婚したという話を聞いた。




偶然、顔面に直撃したサッカーボールをきっかけに結婚ですよ。



そこは心からおめでたいことだと思う。






今も日常に追われ、毎日同じ一日を繰り返しながらたんたんと生きている我々も、

もしかしたら、ある日を境に人生が変わる出来事に遭遇するかもしれない。




そう思いながら生きていると、とても楽しくなってくるのである。



りょうまフィーバーはいつ起こるのか・・・



それはまだ誰も知らない。