数年前に絵に描いたような真面目青年のM君が中途採用で入社してきた。



当時29歳。
びっしり横分けの銀縁眼鏡。
いつも青白い顔で無表情。



暇な時は
タウンページを隅々まで読むような変人。




同族企業の二代目になる予定だったが、
会社が敢え無く倒産したので転職することになったという。




採用した理由を上司に聞くと、面接で敬語を必死に使おうとするあまり、語尾の最後に「ござる」と付けたことが面白かったからだそうだ。




そういう変人は、俺のチームにかなりの確率で回されてくる。
俺は変人請負人じゃないと上司にクレームを入れたが



類は類を呼ぶと一蹴された。






親睦会も兼ねてBBQをした時に
Mくんとゆっくり話すことができた。




29歳で独身。


っていうより彼女いない歴29年。




って言うか「童貞」




金を使うこともないから
貯金も2500万円くらいあるらしい。



真面目一直線である。




BBQなのにスーツで来るぐらいの奴だったんで

「明日から現場に来る時はラフな格好でいいで」と声をかけた。



小綺麗ならカジュアルでも問題ない業種。




そして当日、現場に現れたM君を見て、俺は絶句した。






上下よれよれのスエットで靴は革靴という、
世にも奇妙な出で立ちで現れたのである。





「お前、そ、それはパジャマか…？」




「あの…ラフな格好って言われたので」




「いくらなんでもそれは…」





「僕、服はスーツかこれしか無いんです」





彼にはちょうど真ん中と言うものが無かった。




それは仕事にも現れていて、とにかく思考も行動も黒か白、○か〓︎かの両極端でちょうど真ん中が無い。



とにかく使い物にならなかった…。




Mくんの何が問題なのか上司と話し合った結果。



どうやら「童貞」が一番の問題なのでは無いかという結論に落ち着いた。




ある日、上司はM君が30歳の誕生日の前に大阪で有名な遊郭である飛田新地に連れ出したのである。




そして、Mくんは30歳目前にして


無事童貞を卒業することになったのである。





それからしばらくしてー


真面目なだけが取り柄だったMくんの肩書きから「真面目」という言葉が消えた。




ただの変人になってしまったのである。

童貞を失う前よりも酷い状態。





かなり夜の遊びにハマってしまい

あっという間に貯金を使い果たし、
サラ金にも手を出したそうで


無断欠勤を繰り返しやがて会社から消えた。




今は噂によると尼崎の競艇場で、
廃人のように座り込んでるMくんが目撃されたそうだ。





Mくんの初めて見た笑顔は、あの日のBBQ。



「29歳で童貞やと、やりたくてたまらんやろ？」



「そうでもないです。30歳で童貞だと魔法使いになれるかもですから」

白い歯を見せて「グフェグフェ」と彼、特有の咽せるように笑ってた。



童貞を失うことで彼の人生は大きく転落した。



もし仮に30歳まで童貞だったら
Mくんは、魔法使いになってたのかな…？


今、29歳で童貞の人は、

必死になってワクワクメールで相手を探しているだろう。




でも悪いこと言わないから


30歳まで待ってみるべきだと思う。



セックスは魔法使いになってからで、いいじゃないか。