17歳の秀忠と結婚した「お江(23歳)」は
2男5女をもうけたが順風満帆だった訳でなく
将軍後継問題で苦慮することとなる
長男の家光が継ぐのが普通であるが
「お江」は次男の忠長を可愛がったのである
家光の乳母の「お福(春日局)」が家康に直訴し
時期将軍後継者に内定した
「お江」は54歳に大阪城で息を引きとる〓
結果的に「お江」の血は徳川幕府の7代将軍
「家継」まで受け継がれる〓
さらに、娘の千姫・和子も嫁ぎ
現在まで血は流れているという
※「お江」が愛せなかった徳川家光(お江の長男)は男好き
戦国時代、衆道(男色)は武士のたしなみとしてタブーではなかったが
家光は女性を全く寄せ付けなかった
その後女性とも関係を持つが
最初の子供が生まれたのは
34歳のときだそうだ
終わり
ボクは女性がいいなぁ