うえののそこから「はじまり、はじまり」荒木珠奈 展
2023/10/9まで東京都美術館で開催中の『うえののそこから「はじまり、はじまり」荒木珠奈 展』に行ってきたのである!
メキシコに留学したときに版画の技法を身に付け、今なお深い繋がりのあるアーティストさんなのだそうな。
『荒木珠奈(1970年-)は、へんてこなかわいらしさとゾクッとする感覚が混ざり合った世界観が魅力の作家です。光と影、昔話、家や舟といった物語を想起させるようなモチーフを用いて、私たちの心の底にある懐かしい感覚や感情、記憶を揺さぶりながら、非日常の世界へと誘う作品を数多く発表してきました。
本展では、詩情豊かな版画や立体作品をはじめ、メキシコの先住民やさまざまな国のルーツを持つこどもたちと共同制作した作品など、初期から最新作までの90点以上を紹介します。物語性あふれる作品がもたらす鑑賞体験を通じて、「越境」「多様性」「包摂」といった国や地域を越えて現代社会が共通して抱えるテーマについて思いを寄せ、一人ひとりの日々の暮らしのかけがえのなさ、生きていくことのポジティブな力を見つめることのできる展覧会です。』(公式サイトより)
凄まじく良かった……。_(:3 」∠ )_
メキシコのお葬式って、コミカルな、祝祭の色をまとっているじゃないですか。
葬儀場にはカフェテリアがあり、お菓子やパンを食べながら故人の思い出を語り合う。埋葬時は、マリアッチといわれる楽団が、故人が好きだった曲などを演奏して盛り上がる。日本のお盆にあたる「死者の日」には、デフォルメされた骸骨メイクや骸骨衣装を身にまとった死者のパレードが行われ、自宅ではオフレンダと呼ばれる祭壇を作り、みんなで食べたり飲んだりしながら、夜通し故人の思い出を楽しく語り合う。
それは本当に素敵な伝統で、できれば俺もそうやって送って欲しい派なのだが、でもやはりその底には、別れの哀しみ、嘆きがあるわけで。
荒木珠奈氏の作品も、一見温かく、優しい作風なのだが、その底に怖さ、哀しさがあると思うのだ。
その最たる作品が、『うち HOME』と名付けられた作品ではないだろうか。
壁面にベニヤで作られた、小さな箱が並んだ作品なのである。箱には南京錠で鍵が掛けられ、観察者は鍵を借りてそれを開けることが出来る。中には蜜蝋が塗られ、そこに豆球の暖かなオレンジの光が満たされている。幸せな空間。
しかし、そこに黒い人影のような模様があることに気づくと、物語が溢れ出す。
ある陰は、お父さんと男の子が遊んでいるような姿。ある陰は、カーテンの後ろで子供がかくれんぼしているような姿。ある陰はピアノを弾いているような姿。そしてある陰はーー絶望に打ちのめされ、床に身を投げている姿。
この作品は荒木氏が幼い頃住んでいた団地をイメージして作られたらしい。閉じられた小さな箱の中に、箱の数だけ物語がある。そう思うと、幾つかある無人の部屋にも、何か不穏なものが感じられてくる。
そして面白いのが、この会場にボランティアと思しいスタッフの方がいて、声を掛けて下さるのだ。作品の解説をしてくださるだけでなく、作品について
「どう思われました? 私はこの部屋、こんなふうに思うんですけど」
と水を向けて、感想を引き出して下さる。
そうやって交流をし、作品についてコミュニケーションを取る。そこまで含めて作品鑑賞なのだとすると、それはなんて幸福で優しく、そして儚く切ない鑑賞体験なのだろう。
見終わったあと、どこかのカフェでお菓子やパンを食べながら語り合いたくなるような、そんな素敵な展示でした。( ꈍᴗꈍ)