体験した不思議な話「いつまでも③」
「はーい?」
ガタガタと閉まりの悪い扉を一生懸命におじさんが開く。
オジサンは7年前と変わっておらず、あの時はオジサンだったがもう初老といった具合だろうか。もちろん向こうは覚えてなんかいないだろう。
なにせ全校生徒当時900人はいたんだ。それから7年。相当数の児童と出会っているのだ。
太郎は怒られた時の記憶がよみがえったのか、俺の後ろで見つからないよう小さくなっている。
何の用だと言わんばかりに不審な目を向ける。
「あの・・・ここの卒業生なんですが、久しぶりにここに来て懐かしくなって・・・。良ければ学校の中を見せていただきたいのですが。」
用務員のおじさんはどこか怪しいやつを見ているような様子だったが卒業してから引っ越しをして、中学で壮絶ないじめと闘い、この小学校で先生や友達から学んだことを思いながら頑張りぬき、無事大学へ進学したんだと語るとおじさんは嬉しそうに
「じゃあ好きなだけ思い出に浸りなさい。カギが閉まってるところもあるけど言えば開けるから。」
と許可してくれた。
当然まったくの嘘で、いじめなどまったくないし、この小学校で学んだことはいかにバレずに遊びほうけるか。だった。
そんな訳ではれて自由に学校を歩き回る事が出来ることになった。
「いやぁーしかし緊張した~。お前話すの上手いな~。営業マンになれるぜ」
隠れてた太郎が後ろから声をかけてくる。
「何が緊張だよ。俺が話してる間にいつの間にかいなくなりやがって。必死だったんだからな。」
「悪い悪い。やっぱあの感じ苦手でよ。」
うつむきがちに太郎は言った。どうやら本当に悪いと思っているようだったのでこれ以上突っ込むのを辞めた。
しかし太郎ってそんなに苦手だったっけ・・・?
確かに昔は一緒に怒られたりもしたけど・・・。
「やっぱまずはさ、俺たちのクラスに行こうぜ。」
そういってスタスタと2階へ上がっていく。こうやって階段を上る太郎を見ていると昨日まで通学していた学校のような気分になる。
あぁ・・・そういや俺いつもこいつの後ろ姿見てた気がするなぁ・・・。
6年3組の教室は当時とまるで変っていなかった。
古い教卓、古いのと新しいのが半々の机とイス。
みんながランドセルを入れる所の上には今このクラスを使っているんであろうみんなの目標が書かれてあった。
「なぁ、まだあれ、あるかな?」
太郎が嬉しそうに笑う。
「あるんじゃない?どこだったっけ?」
俺と太郎のささやかなイタズラ。
掃除道具の入ったロッカーの裏の壁。
その隅っこに小さく落書きをした。
『WT 俺たち無敵』
WTはダブルティー。つまり太郎、たけ二人ともイニシャルがTだったためダブルティーだ。
小学生男子はなんとも恥ずかしいことをするもんだ。
あまり派手な音がしないようにロッカーを傾けて調べてみる。
「どうだ?あったか?」
「んーーーわかんねぇ。もうちょいズラそう。」
二人で落書きを見るためになぜか一生懸命になっていた。
二人とも今日これを二人で見た。何かそんな思い出のような事がほしかったのかもしれない。
「あったあった!」
太郎はロッカーの隙間から身体をもぐりこませ嬉しそうに言った。
無邪気にはしゃぐ太郎を見ていると本当に小学生に戻った気分だ。
なんとかロッカーをずらし、俺も見てみた。
『WT 俺たち無敵』
そこには年月が経っていても変わることのない、二人の友情の証があった。
「ここにさ、今日の記念に付け足そうぜ。」
「ん?あぁ、そうだな。・・・何て書く?」
二人で考えた結果、
『WT いつまでも』
だった。
こんなクサいセリフ、書くのも恥ずかしかったが誰に見られるわけでもないし、まぁいいかとなった。
俺は手持ちのボールペンで下のスペースに書き込む。
7年も経って小学生だった自分達の落書きに、まさか付け加える事になるなんて思ってもいなかった。
「あのころは本当、悪ガキだったよなぁ・・・。」
どこか遠い目をして懐かしそうに太郎がつぶやく。
一緒に過ごしたのはたった2年だったが、とても密度の高い、濃ゆい2年だった。
中学高校と周りのみんなも少年・少女から確実に青年・女性へと成長していく。
勉強や部活に忙しくなり、道端のカマキリではしゃぐことなんて無くなってしまう。
かくゆう俺も、その一人として受験という戦争を潜り抜けたのだ。
「ほんとだよな。近所の駄菓子屋に置いてあるガチャガチャ壊して全部盗った事あったよな。まー後で死ぬほど怒られたけど。」
太郎はイタズラが見つかった子どものようにケケケと笑い頭をかいた。
「あれはさー、もっと上手くやればバレなかったよなー!」
「いやあんなに駄菓子屋の前で騒いでたんだもんな、無理だろ。」
太郎はそうかなー、死角をつけば大丈夫だったと思うんだよなー・・・
なんてブツブツ言っている。
「結局、小学生のやる悪い事なんてバレて怒られるくらいがいいんだよ。そうやって学んでいくんだ。」
「なんだ、たけ?ずいぶん大人なコメントだな」
太郎はつまらなそうに口を尖らせた。
「・・・ま、いーや。次、別の所行ってみよーぜ。」
「んー・・・じゃあどこに行こう?」
二人は一瞬間があったがすぐに顔を合わせてニヤリと笑った。
「「図書室!」」
つづく。