【愛しの美香】 15 美香と陸上競技
10日ほど経った 早朝である
ふと見たら 美香かスニーカーをはいている このところ毎朝でかける美香だ
「美香、 どこに行くんや!」
「おじさん あたい 走りたいねん 公園までいくねん」
「あほか あかん! おっさんに つかまったらどないすんのや それにパンツまで見えそうな短いの履いて・・男がウジャウジャついてくるがな!」
「立夫が𠮟りつけると これ、おじさんが買ってくれたんやで」と 何言うてるの? みたいな顔して舌出した
「さくらが起きてきて まあええやないの すぐ帰ってきたらええやんか」美香に味方して 許可出した
「8時に帰っておいで 美香ちゃん」
時計見たら まだ6時 ・・
今日は神奈川の 施設に3人で行く予定しているのだ 美香が おばちゃんという、目撃者探しだ
あれから施設のことをいろいろ調べているが
おばちゃんというだけで 雲をつかむような話だったが これが唯一の目撃者であり 手がかりになるので 立夫も懸命だった。
「おじさん 美香ちゃん ワリとしっかりしてるから 心配ないよ」
立夫は さくらの言葉を遮るように 飛び出そうとする美香を呼び止めた
「俺も行くよ」
立夫は本当を言えば 美香と知り合って一か月・・
漠然としたものだが 美香が 走るということに 【目覚め】てから
不安に駆られるのだ 美香を外の世界にもっていかれるという不安だ
「俺も行くよ」
一緒に走ろう!という 言葉が立夫の口から自然に出た
「えっ?」美香が目を丸くした。
「ほんまに? 一緒に走ってくれるん?」
「アホのおまえ一人で出歩かせるわけにはいかん。(笑)
外で何があるかわからんからな。俺がついて行くのや」
美香はパッと顔を明るくし、スニーカーの踵を踏んで立ち上がった。
「やったあ! おじさんとアホの私と勝負や!」
「勝負ちゃう。おまえの監視や」 立夫はジャージを着つつ、低い声で釘を刺した。
「アホの私と勝てるん?」
美香は子どもっぽい挑発をして、笑いこけ わざと軽快にジャンプしてみせる。
立夫は苦々しく口を結んだ。
「俺の足はもう昔みたいには動かんが 中学 高校の時は体育祭で走ったもんやで!
と 半ば やけくそ気味・・
ほんまあ?と 美香は 俺を嘲笑うような目をしてやがる
「よし、行くぞ!」
マンションを出ると朝の冷たい9月の空気が一気に流れ込んできた。
美香はすでに走り出す体勢をとっていた。白いタンクトップのふくよかな胸 デニムの真っ赤なマイクロパンツ・・そこから伸びる豊かな肢体がまぶしい・・
「おじさん、準備いい? スタートはあたいが決めるで!」
立夫の胸に、かすかな緊張が走った。
走ること自体よりも、この先に何が待っているのか――その予感が心をざわつかせていた。
「よーい、どん!」
美香が掛け声とともに勢いよく走り出した。
「おい、待て!」
立夫も慌てて追いかける。
息はすぐに荒くなり、脚に重さがのしかかる。
――くそっ、ガキの速さやない……。
美香は髪を揺らしながら軽快に走り、振り返っては笑う。
「おじさん、遅ーい!」
間もなく 公園につき そのときだった。前方の並木道の影から、ひとりの男が姿を現した。
背が高く、スポーツウェア姿。この前、さくらが話した“おっさん”だったのだ
男は穏やかな笑顔を浮かべ、美香に手を振った。
「おはよう、また会ったね。今日も走ってるんだね」
美香がピタリと立ち止まった。
「おじさん! この前のおっさんや!」
立夫の心臓が一気に跳ね上がる。
(やっぱり来やがったか! 尾けてきとったんか!)
男は距離を保ったまま、落ち着いた声で言った。
「君、ほんとに速いなあ。……その人がお父さんかな?」
立夫のこめかみに血が上る。
「なんや、お前は!」
「これは失礼・・」
30代なかばか・・長身の男は少しだけ首を傾け、ポケットから何かを取り出しかけた。
手帳のように見えたが それは名刺入れだった
美香がきょとんとした顔で立夫を見上げた。
立夫が受けとると 公益財団法人 日本陸上競技連盟の文字が飛び込んできた
つづく