昭和ロマン小説  5 【どん底の世相】
30代前半  大阪府
2025/12/12 17:56
昭和ロマン小説  5 【どん底の世相】
昭和6年。大阪の街には、どうしようもない“疲れ”が沈殿していた。
世界恐慌から続く不況は底が見えず、東北の冷害、農村の飢え、都市部では欠食児童が増え、
働き口を求めて流れ込んだ若者も行き場を失って道路脇にしゃがみこんでいる。

黒田屋へ向かうタクシーの窓から眺める景色は、どれもこれも貧相だった。

薄汚れた木造家屋は傾き、壁はひび割れ、路地には古新聞が風に舞っている。
煤けた顔の子どもが裸足で走り、母親は空の買い物かごを握りしめたまま立ち尽くし、男たちは職安の掲示板の前で無言で肩を落とす。

商店のシャッターには「閉店」「貸家」の張り紙が重ね貼りされ、
道端では浮浪者が段ボールの代わりにボロ布をかぶって寝ている。

街全体が、力尽きたように“無気力”だった。

しかし、そんな荒んだ街の中で――
ひときわ灯りが眩しい場所があった。

飛田・松島・新地。

他の店舗が暗いのに、遊郭だけは提灯が赤々と灯り、三味線の音がこぼれ、
若い女たちの影が通りに揺れていた。

戦争前夜の不安、震災の記憶、農村の疲弊、都市の失業。
希望を奪われた庶民が、最後に行き着く先は「現実逃避」。

その需要が、皮肉にも遊郭だけを繁盛させている。

タクシー運転手は、肩をすくめてつぶやいた。

「今どき、景気ええんは……あんたらの向かう新地ぐらいやで。
 他はもう、あかん。みんな、食うだけで精一杯ですわ。」

その言葉は、荒廃した街の風景を裏打ちするように重たかった。

通り過ぎる乞食、空腹の子ども、行き倒れ寸前の男たち――
そんな光景の中で、ただ売春業界だけが異様な“熱”を放っていた。
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