【半ぐれ銀行マンの天下取り】 44 潜入
明美は、支店長室の前で一度深呼吸をした。
「入り」低く、しかし柔らかい声だった。
扉を開けると、立夫はソファに腰掛け、珍しく煙草も吸わずに待っていた。
明美は一礼したが、その肩は少し落ちている。
「……すみません。三井の件、思うようなネタが掴めませんでした」
立夫は片手を上げて遮った。 「気にせんでええ言うてるやろ。相手は銀行や。そう簡単に尻尾出すほど甘くない」
その一言で、明美の表情が少し緩んだ。 「それにや。今日は叱るために呼んだんちゃう」
立夫は体を前に乗り出し、声のトーンを落とす。 「明美に、もっと大事な仕事を頼みたい」
「……大事な、仕事?」
「ああ。大きな勝負どころなんや」
立夫は机の引き出しから一冊の資料を取り出し、明美の前に置いた。表紙には――岡野食品株式会社。
「この会社や」
明美は資料を開き、ざっと目を通す。老舗の食品メーカー。表向きは堅実経営。 だが、立夫の目は、その“表”をまったく信用していない色だった。
「株で勝負する。せやけどな、数字だけ見て仕掛けるほど俺は間抜けちゃう」
立夫は、明美をまっすぐ見据える。
「中に潜り込んで、実態を掴む。 資金繰り、人間関係、粉飾の匂い、社内の空気――何でもええ。異変を、俺に知らせてほしい」
明美は一瞬言葉を失った。 「……私が、潜り込むんですか?」
「そうや」 立夫はニヤリと笑った。
「心配いらん。ちょうどな、岡野食品は今、総務社員を募集しとる」
明美は目を丸くした。 「総務ですか?」
「せや。会社の裏側が一番見える部署や。 経理、人事、契約、備品、役員の動き 全部、総務を通る」
立夫は肩をすくめる。
「お前は超絶美女や。行けば一発採用、間違いナシやろ(笑)」
「ちょ、ちょっと……」明美は頬を赤らめつつも、すぐに表情を引き締めた。
「わかりました。やります!」
「よし!お前の美貌なら 社長の目にもつくやろ・・誘われたら乗れ ええか・・場合に寄っては (枕)もいくんや」 (笑)
「……支店長」
「ん?」
「私のこと 切るつもりではないでしょうね?」
「あほ!何言うとるんや!お前のことは 好きやし もう他人やないのやで・・ 外には出したくない のが本音や
敵を知り己を知れば百戦危うからずっていうやろ?この勝負は勝たねばならんのや・・お前にしかできんと思って頼んでるんや!」
「これが勝負ついたら お前も純子も俺の養子にするつもりなんや・・」
「えっ?養子って? 」
「ああ・・詳しくは終わってから話す・・それぐらい お前らのことを本気で思ってるということやで!」
その一言で、明美の目に、かすかな炎が灯った。
「わかりました。 岡野食品、内部から見てきます!」
つづく