【半ぐれ銀行マンの天下取り】 67 支店長交代
姫路支店の朝は、妙にざわついていた。
行員たちはいつもより早く出勤し、給湯室やコピー機の前、廊下の隅で、ひそひそと声を落として噂を交わしている。
「ほんまかいな!支店長、辞めるんやて」
「金融庁絡みらしいで」
「ほら見てみい。やりすぎや言うてたやろ」
立夫の名前は、もはや敬意ではなく、好奇心と嘲笑を伴って語られていた。
支店長室の前を通る者は、誰もが一瞬だけ足を緩め、中の気配を探る。かつては畏怖の対象だった部屋が、今や“転落の舞台”として消費されているのだ。
昼前、正式な通達が回った。
――海棠 立夫 支店長 辞任。
――後任として 斉藤由梨 支店長 着任。
その一行を見た瞬間、あちこちで小さな溜息と、抑えきれない含み笑いが漏れた。
「ざまあみろ、やな」
「強引すぎたんや。天狗になっとった」
「結局、女に助けてもろて逃げただけやろ」
古参の係長クラスは、表情を取り繕いながらも内心では溜飲を下げていた。立夫の改革で冷や飯を食わされ、権限を奪われ、子会社や関連先へ飛ばされた者は少なくない。
彼らにとって、この辞任は“敗者復活”の合図でもあった。
一方で、若手や中堅の一部は複雑だった。結果を出せば評価される、数字がすべて――そんな分かりやすい世界を作ったのは、確かに立夫だったからだ。
「正直、仕事はやりやすかったんですけどね……」
「でも、上が怖すぎましたわ」
そんな声も、ひそやかに消えていく。
午後、支店の大会議室で簡素な引き継ぎの場が設けられた。そこに現れた斉藤由梨は、噂どおりの存在感だった。
背筋を伸ばし、無駄のない動き。紺のスーツは体にぴたりと合い、冷静な眼差しが行員一人ひとりを射抜く。
だが、表情は柔らかく、声は落ち着いている。
「本日付で着任いたしました、斉藤由梨です この支店の混乱を一日も早く収め、地域と当行の信頼回復に全力を尽くします」
拍手は、まばらだった。だが彼女は意に介さず、淡々と続けた。
「海棠前支店長には、引き続き必要な範囲でご助言をいただきます。過去を責めるより、これからを考えましょう」
その言葉に、数人が顔を見合わせた 全国には女性支店長は珍しくはない
しかしその大半は年配のおばはんばかりだ 30歳か・・この女、ただ者ではない。
立夫は会議の隅で、その様子を静かに見ていた。拍手もなく、視線も集まらない。
つい数日前まで、この場の中心にいた男は、もう“過去”の人間だった。
(これが銀行や……)
胸の奥に、冷たいものが落ちていく。だが同時に、別の感情も芽生えていた。――まだ終わっていない。―銀行を降りただけだ。
SK開発企画、料亭旅館、司法書士事務所、そして千賀子。
盤面は変わったが、駒はまだ手の内にある。立夫は、斉藤由梨の横顔を一瞬だけ見つめ、静かに席を立った。
姫路支店では、彼の背中を見送る者はほとんどいなかった。
だが、その背中が再び表舞台に戻ってくることを、この時、誰も想像していなかった。
――ざまあみろ、と笑った者たちが、やがて笑えなくなることも。
つづく。
コメント
1/2 8:28
2. >>1 風来坊さん
(笑) そんなとこだけど 主役はどこまでも立夫なので それで書いてまいります
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1/2 8:15
1. この新支店長がユリさんですね!
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