関ケ原で 小早川が西軍に味方していれば・・
30代前半  大阪府
1/2 17:08
関ケ原で 小早川が西軍に味方していれば・・
霧が立ち込める慶長五年九月十五日。関ケ原の大地は、数多の兵たちの吐息と鉄火の匂いに包まれていた。
西軍、石田三成が放った狼煙が空を切り裂く。しかし、戦況は膠着していた。
松尾山。そこに陣を構えるのは、一万五千の兵を率いる若き「金吾中納言」こと小早川秀秋である。
彼は、眼下で繰り広げられる血みどろの激突を、無表情で見下ろしていた。
「……金吾様、そろそろ時分にござります」

側近の平岡頼勝が耳打ちする。徳川家康からの「裏切りの催促」は、狼煙は何回もあがって すでに家康自らが放った威嚇の鉄砲によって、松尾山の麓を震わせていた。
秀秋の背中を冷たい汗が伝う。三成か、家康か。

その時、秀秋の瞳に、大谷吉継の陣が東軍の猛攻を必死に押し返している光景が映った。病に侵され、白い頭巾を巻いた吉継は、わずかな手勢で東軍の藤堂・京極勢を翻弄している。
「あの大谷刑部の、死を覚悟した戦いぶりを見よ」
「全軍、山を下りよ!」
秀秋が太刀を抜いた。 「標的は――東軍、福島正則の右翼である!」

平岡が目を見開いた。 「西軍に……味方されるのですか!」
「黙れ! 裏切り者の誹りを受けるは家康の方よ。我ら小早川は、豊臣の義に殉ずる!」
一万五千の兵が、雪崩のごとく松尾山を駆け下りた。
その先にあるのは、西軍の背後ではない。東軍の横腹であった。

「な、何だと……!?」
最前線で石田三成の軍勢と渡り合っていた福島正則は、背後から迫る万を越える軍勢と、その旗印が「違い鎌(小早川の家紋)」であることを確認し、戦慄した。
小早川軍の突撃は烈風の如くであった。

「突け! 突き進め!」
秀秋の号令一下、精鋭たちが東軍の陣形を切り裂いていく。背後を突かれた福島勢はパニックに陥り、それまで均衡を保っていた前線が、一気に崩壊を始めた。
この異変を、笹尾山の本陣から見ていた石田三成は、軍扇を震わせた。
「き、金吾が動いたか! 」 三成は胴震いした

三成は即座に伝令を飛ばした。「南宮山の毛利に伝えよ! 今こそ全軍、山を降りて家康を包囲せよと!」
南宮山で静観していた毛利秀元は、松尾山からの小早川勢の猛攻を目の当たりにし、ついに決断した。
自分たちを押し止めていた吉川広家を半ば強引に振り切り、三万の毛利軍が山を駆け下りる。
これにより戦況は一変した。

東軍は、北に石田・島津・小西、西に大谷・小早川、そして南に毛利。三方を完全に囲まれる「死の袋」に閉じ込められたのである。
「おのれ、金吾め! 小僧が、余を謀ったか!」
桃配山に陣を置いていた徳川家康は、床几を蹴り飛ばした。老練な家康の顔が、初めて恐怖と怒りで歪んだ。
「退け! 一度、伊勢へ退くのだ!」

家康が叫ぶが、すでに遅かった。小早川軍の先鋒が、家康の旗本にまで迫っていたのである。
「家康の首を獲れ! 豊臣の敵である!」
秀秋は自ら馬を走らせた。かつて「裏切り者」と蔑まれるはずだった若武者の姿は、今や西軍の救世主として戦場に輝いていた。
一方、大谷吉継は、小早川軍が東軍へ突き進むのを見て、薄い唇を綻ばせた。

「金吾……良き選択をしたな」
吉継は自害の用意を解き、全軍に最後の突撃を命じた。病んだ体を引きずりながらも、彼はこの勝利の瞬間をその目で見届けるべく、東軍の真っ只中へと消えていった。
日が傾き始めた頃、関ケ原の地は静まり返っていた。
そこにあるのは徳川の天下ではなく、豊臣の旗印が 家康の首とともに 再び風にたなびく光景であった。
秀秋は、返り血を浴びた兜を脱ぎ、夕焼けの空を仰いだ。

もし彼がこの日、違う決断をしていれば、日本の歴史は全く別の、長い泰平の眠りについたのかもしれない。
だが、戦国という荒波はまだ終わることなく、より激しく、より混迷を極める時代へと突入していくのであった。

※すべては私の妄想です

おわり
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