新撰組 沖田総司のエロ掃除
大政奉還が1867年です
その4年前に新選組による池田屋斬り込みがあったのです
其の時 旅館にいたのは 浪士が約20人
それに対して新撰組は土方隊24名と 近藤隊10名分派していて
実際に襲ったのは近藤隊でした
10人で到着したものの 6人は表と裏に逃げられないよう それぞれ3人ずつ配置したために・・斬り込んだのは実質4人だったのです
近藤勇と 沖田総司他2名だけでした
すごいですね いくら剣の達人といっても 相手は20人です
この時 沖田総司は 喀血して離脱したという記録があるそうです
ですから 土方歳三らが駆け付けるまでは総司を除いて近藤と 永倉新八と藤堂平助という三人で死闘を続けてたことになります・・
沖田総司という人は北辰一刀流とかいう流儀の剣の免許皆伝で 近藤局長ですら
真剣では勝てないと言われたほどで 剣豪の揃う一番隊の組長だったのです
ところでその沖田総司という人 亡くなったのは22才とも 27才の諸説があるそうです
いずれにしても 水も滴るいい男だったとか・・若くして 剣の達人なんて 天才だったのでしょうか・・
喀血したというのは 肺結核の典型的症状です
けど 反面、あれを病むと 頭は冴えわたり
おチンコはものすごく勃起するそうです (笑)
私は見たことないから知らないけど
それで、沖田総司さん 起きて部屋掃除するのではなくて
女のアソコを掃除しまくってたのです (笑)
文献によると女には滅法モテテ 京都の遊女から オオだなの娘にまで片思いされ・・
そらもう その硬いオチんこでヤリまくっていたらしいです
中でも祇園の舞妓の美女に惚れられて・・
総司に大掃除されていたとあります (笑)
池田屋に押し込む直前までこの女としていたのではないでしょうか
ああいう 人斬りの前後っていうのは猛々しくなるそうですから・・
あと総司があの若さで なぜそんなに剣豪だったのかと 思うと おそらくは いつ死んでも良いと達観してたからではないでしょうか
戦国武将 上杉謙信が次の言葉を遺しています
生きんと戦えば必ず死ぬ
死なんと戦えば 生きるものなのだ・
その通りに総司がやっていたと思いますよ
肺結核とか 患うと超能力が出るのかもしれません・・
それにしても 新撰組の人は大したものです
みなさん精鋭ですね・・
ホント 感心しました (^^)v
おわり
コメント
1/3 7:31
4. 英雄色を好む。幕末に咲いたあだ花新選組は武力に咲いて武力に滅びる。頭脳明晰の勝海舟に棄民武力集団になってしまった。
現代社会なら全国指名手配かも?
返コメ
1/2 20:56
3. やろうと思えば、中々出来ず、
やらんと思ったら、できたり、
してね。
返コメ
1/2 20:39
2. 沖田総司は本当はブ男だったそうですね!
返コメ
1/2 20:12
1. 所詮、新選組なぞ幕末の徒花ですやん。
貴女みたいな聡明な女性が理性では分かってていて惹かれる。
日本人女性のヤンキーに妙に惹かれる悪癖の亜流にしか思えません。
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