【半ぐれ銀行マンの天下取り】 70 立夫を破滅させろ!
――斉藤由梨は、ここへ来る前の夜を思い出していた。
東京・本部ビル最上階。
重厚な扉の向こうで、海棠専務は一人、窓際に立っていた。夜景を背にしたその姿は、怒りを内包した静けさそのものだった。
「……由梨」
低く、押し殺した声。
呼ばれた瞬間、斉藤は背筋を伸ばした。
「わしはな――」
海棠は振り返らないまま、言葉を継いだ。
「前島立夫が、心底、憎い」
その一言に、私情と理性が混じった長年の感情が凝縮されていた。
「娘の千賀子を奪った男や。あいつは、最初から信用しとらんかった」
「だが……」
一瞬、言葉が詰まる。
「東京に来たとき、あいつは言った。
“千賀子は妊娠しています”と」
拳が、机の縁を叩いた。
鈍い音が部屋に響く。
「――嘘やった」
吐き捨てるように言う。
「わしは折れた。娘の腹に子がおると言われてな。親として、もう認めるしかないと思うた」
海棠の声が、怒りに濁る。
「だが、あとで知った。それが、立夫の作り話やったと」
斉藤は黙って聞いていた。 これは相談ではない。命令だ。
「金融庁からの警告も来た。立夫のやり方は、あまりにも乱暴や。敵も、恨みも、作りすぎた」
ゆっくりと振り返った海棠の目は、冷え切っていた。
「わしはな……娘には、もっと“いい男”と結婚させたかった 一時は諦めた。だがな――」
声が低く、鋭くなる。
「その思いは、消えるどころか……今は、燃え盛っとる」
海棠は、斉藤を真正面から見据えた。
「由梨。お前に託したい 前島立夫を――破滅させろ そして、千賀子を、あいつから引き剥がせ」
重い沈黙。
「この任務は重い。だが……お前ならできる 聡子も連れて行け」
暮れに叩き出され、屈辱と憎悪を刻み込まれた女。
「聡子はな……立夫を、相当憎んどる 使える。いや、使わねばならん」
それが、斉藤由梨が姫路に来た理由だった。
つづく