人間社会になぜSとMが存在するのか
人間社会にSとMが存在する理由は、実は驚くほど単純で、しかも厄介だ。
人間は「自由」だけでは生きられない生き物だからである。
表向き、人は皆「対等」「平等」「自立」を好む。
だが本音を言えば、常に自分で判断し、責任を背負い、主導権を握り続けるのは、想像以上に疲れる。
そこで人は二つの方向に分かれる。
「支配したい者」と「委ねたい者」だ。
Sは、他者に影響を与え、秩序を与え、意味を与える側に快感を覚える。
Mは、判断を預け、責任を手放し、与えられた役割の中で安心する。
どちらも異常ではない。
むしろ高度に社会化された結果、生まれた役割分担だ。
面白いのは、これが寝室だけの話ではないことだ。
会社では上司と部下、
家庭では親と子、
国家では支配者と国民。
「命令する者」と「従う者」の構造は、あらゆる場所にある。
にもかかわらず、人はそれを言葉にすると急に慌て拒絶する。「そんな関係性は野蛮だ」「健全ではない」と。
だが現実には、命令がなければ仕事は進まず、責任がなければ誰も決断せず、上下がなければ組織は止まるのは自明の理だ。
つまりSとMは、
人間が社会を作った瞬間からセットで発生した副産物なのだ。
皮肉なことに、「自由」「対等」「自己決定」を最も強く唱える社会ほど、
裏側ではSとMの構図が洗練され、隠蔽され、固定化され着実に生き延び 蠢く その極め付きがSMだ
スーツを着れば管理職、制服を着れば従属。呼び名が変わっただけで、本質は同じだ。
結局のところ、
SとMは倒錯ではなく、 人間が安心して生きるための安全装置なのだ (笑)
ただしそれを認めると、「人は完全に自由で理性的な存在だ」という幻想が壊れてしまう。
だから、人権や平等を叫ぶアホは今日も言う。
「普通の社会では、SMのあれは特殊な趣味の変態世界だ」と」
非常に人間らしい 理屈に合わない言い訳である(笑)。
おわり
コメント
1/11 1:05
1. 私は60%S で40%M ですね!
返コメ