この世を生きる意味とは何か。Part2
人類は何千年もこの問いを考え続けてきたが、結論はだいたい出ている。
意味はない。
にもかかわらず、人は今日も意味を探し、自己啓発本を買い、YouTubeで「人生の真理5選」を再生し、3日後には忘れる。
考えてみれば、この世は理不尽の展示会だ。
努力した人が報われるとは限らず、誠実な人ほど損をし、運だけで成功した人が偉そうに講演をする。
にもかかわらず、我々は「努力は必ず報われる」と子どもに教える。
これは優しさではなく、社会を円滑に回すための必要な嘘である。
生きる意味を「社会貢献」だと言う人もいる。
だがその社会は、残業を美徳にし、満員電車で人を詰め込み、年金は「たぶん出る」と言いながら確約しない。
この社会に貢献する意味を真顔で問われると、急に声が詰まる。
「幸せになるために生きる」というのもよく聞く。
しかし幸せは、だいたい他人との比較で決まる。
SNSを開けば、他人の旅行、結婚、成功が無限に流れてきて、自分の幸せは相対的に値下がりする。
幸せとは、非常にコスパの悪い感情である。
それでも人は生きる。
なぜか。
死ぬのが面倒だからだ。
そして、たまにうまい飯を食い、笑える話を聞き、どうでもいい会話をし、少しだけ心が軽くなる瞬間があるからだ。
結局、この世を生きる意味とは、
意味がないと知りながら、なんとなく続けることにある。
期待しすぎず、絶望しすぎず、皮肉を忘れず、笑えるうちは生きてみる。
それが、この不完全な世界で人間が編み出した、
最も現実的で、最も人間らしい答えなのだろう (笑)
おわり
コメント
1/11 14:28
2. そ、ソクラテスかプラトンか!
返コメ
1/11 13:51
1. 生きる意味は無いですね、
人はタダ生きてるだけですから、
返コメ