意識とは何か。Part2
脳科学者は言う。
「意識は脳の神経活動の結果です」と。
哲学者は言う。
「いや、それは説明した気になっているだけだ」と。
一般人は言う。
「難しいことは分からんが、とりあえず腹は減る」と。
ここからすでに、意識の正体は怪しい。
脳を開けば、そこにあるのは灰色の物質と電気信号と化学反応だけだ。
ニューロンが発火し、シナプスを渡り、神経伝達物質が行き交う。
しかし、そのどこをどう切り取っても
「昨日の後悔」
「恥ずかしさ」
「なぜあんなLINEを送ったのかという自責」
は見当たらない。
つまり、意識は物理的には存在しないものである。
では意識は無なのか。
もし無ならば、奇妙なことが起きる。
無が「考え」、無が「判断」し、無が神経を通じて手足を動かしていることになる。
無がボタンを押し、無が怒り、無が恋をする。
これはもう量子力学を通り越して、怪談である。
にもかかわらず、我々は日常的にこの怪談を生きている。
「今、考えた」
「今、思い出した」
「今、決めた」
と、無が主語の文章を何の違和感もなく使っている。
ここで一部の人は言い出す。
「それは魂ではないか」
「意識は脳に宿るが、脳が生み出したものではないのではないか」
「前世やあの世とつながっているのではないか」
すると科学は急に不機嫌になる。
「証拠は?」
「再現性は?」
「論文は?」
しかし正直に言えば、科学も意識については何も証明していない。
「脳と強く相関がある」
というところで、だいたい話は止まっている。
つまり現状はこうだ。
意識は脳と関係していることは確実。
だが、脳そのものではない。
物理現象としても掴めない。
かといって、あの世のパスポートが発行されたわけでもない。
結局、意識とは
この宇宙で最も身近で、最も説明不能な現象である。
皮肉な話だが、人類は宇宙の始まりを語り、ブラックホールを撮影し、AIに小説を書かせる時代になったのに、
「自分が今ここに“いる”とはどういうことか」
については、ほとんど分かっていない。
だから私はこう考える。
意識とは、答えを出すための対象ではなく、
問い続けるための装置なのだ。
前世やあの世につながっているかどうかは、正直わからない。
だが、もしつながっていなければ、
この理不尽で皮肉だらけの世界を、わざわざ「意識」を持って生きる理由がなさすぎる。
そう考えると、
意識が少し神秘的で、少しバカバカしく、少し壮大な未解決事件であるほうが、
この世界はだいぶ面白い。
無が考え、無が悩み、無が笑い、
それでも今日も人は歩いている。
それだけで、十分に想像を絶する世界なのだから (笑)
コメント
1/11 14:31
1. よ、哲学者〓
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