変態こそ我が人生・・自分に正直に生きたい(^.^)
SMチックな変態な生き方をして、どこが悪いのか
そもそも「普通」とは何だろうか。誰が決めたのか。いつ決まったのか。役所か、学校か、それとも近所の井戸端会議か。
普通に生まれ、普通に進学し、普通に就職し、普通に結婚して、普通に子どもを産み、
普通に住宅ローンを抱え、普通に不満をため込みながら老いていく――これが“正解”らしい。
だが不思議な話だ。その「普通」を選んだ人間ほど、
酒に逃げ、ギャンブルに溺れ、SNSでは他人の人生を覗き見て毒づいている。
本当に安泰なのは、せいぜい表札と年賀状だけだ。(笑)
「変態」とは便利な言葉だ。自分と違う生き方を、理解する努力もせずに切り捨てられる。
金を追えば下品、
自由を求めれば無責任、
孤独を選べば欠陥品扱い。
そのくせ内心では、自由奔放に生きている変態を
「ちょっと羨ましいな」と思っているはず(笑)
結局、“普通”とは平均値の幻想にすぎない。しかもその平均は、
臆病さと同調圧力で水増しされた数字だ。自分で選んだ人生ではなく、
「そうしないと怒られない人生」をなぞっているだけの人間が多数派を名乗る。
数が多いだけで正義になるなら、赤信号で渡る集団も正義になってしまう。
変態とは何か。 それは欲望に忠実に正直であることだ。
恐怖より好奇心を優先することだ。他人の評価より、自分の納得を選ぶことだ。
つまり、かなり人間的な生き方である。
むしろ異常なのは、一度きりの人生を「失敗しないこと」だけに捧げ、
最後にこう呟く人間だ。
「まあ、無事に終わったな」と。
無事に終わった人生ほど、残酷な敗北はない。火傷もしなかった代わりに、
体温も上がらなかったのだから。
変態で結構だ。普通という名の檻で飼われるより、少々世間から蔑まれても、
自分の足で歩くほうがまだマシだ。
世間が安心を売りつけてくるとき、たいていそれは「考えなくていい権利」との抱き合わせ販売である。
それを買わなかった者を、人は変態と呼ぶ。
――だが実際には、
最後まで 自分に正直に 正気を貫けたのは 変態のほうかもよ(笑)
おわり
コメント
1/14 3:37
2. 世の中変態だらけだと思うよなぁ🤯🤯
返コメ
1/13 22:57
1. こんばんはm(_ _)m
普通と言うか 基準は自分やから
人見る時測るものさしは 自分を0で
測るからなあ
返コメ