【冥土からのラブレター  新婚2か月で失った妻】 7 母親の難病 2
30代前半  大阪府
2/6 18:32
【冥土からのラブレター  新婚2か月で失った妻】 7 母親の難病 2
その病名を、立夫は初めて耳にした。

 ハンチントン病。

 聞き慣れない、冷たい響きのカタカナだった。
 意味も、重さも、その場では理解できなかった。ただ、胸の奥に小さな不安が刺さった。

 立夫は、その足で病院を訪ねた。
 知人の紹介で、神経内科の医師に時間を取ってもらった。
 事情を簡単に説明し、病名を口にすると、医師の表情がわずかに引き締まった。

「……その病名を、どこで?」

「患者会で、耳にしました」

 医師は、しばらく沈黙したあと、ゆっくりと言葉を選ぶように話し始めた。

「ハンチントン病は、遺伝性の神経変性疾患です。
 発症すれば、運動障害、精神症状、認知機能の低下が徐々に進行します」

 立夫は、黙って聞いていた。

「治療法は……?」

 問いかける声が、かすれた。

 医師は、首を横に振った。

「残念ですが、根本的な治療法は、現在ありません。
 進行を完全に止めることもできない」

 言葉は丁寧だった。
 だが、その丁寧さが、かえって無情だった。

「遺伝形式は優性です。
 親が保因者であれば、子に遺伝する確率は五割とされています」

 五割。

 その数字が、立夫の頭の中で反響した。

「……予防は?」

「発症前診断は可能です。ただし、それ自体が重い決断になります」

 医師の声が、遠くなった。

 診察室を出たとき、立夫はしばらく廊下に立ち尽くしていた。
 足の感覚が、曖昧だった。

 そのまま、彼は本屋へ向かった。
 逃げるようでもあり、確かめるようでもあった。

 医学書の棚。
 一般向けの健康書。
 索引でカタカナを追い、見つけた文字。

――ハンチントン病。

 そこに書かれている内容は、医師の説明とほとんど同じだった。
 発症年齢は三十代から四十代が多いこと。
 進行性であること。
 完治しないこと。
 精神症状として、抑うつや衝動性が現れること。

 そして、遺伝。

 ページをめくるたび、希望は削られていった。
 どこにも、「救い」の文字は見当たらなかった。

 立夫は、本を閉じ、深く息を吐いた。

 光知子の笑顔が浮かぶ。
 あの無垢な表情。
 慈愛に満ちた眼差し。
 初めてのキスで流れた、あの涙。

 ――この人と、結婚したい。

 そう思った気持ちは、嘘ではない。
 だが、同時に、別の問いが胸を締めつけた。

 自分は、この運命を引き受けられるのか。
 彼女の未来も、子どもの未来も、背負えるのか。

 答えは、まだ出なかった。

 ただ一つ確かなのは、
 立夫の人生は、この日を境に、もう元には戻らない、ということだけだった。
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