【冥土からのラブレター  新婚2か月で失った妻】 8 両親に結婚を告げる
30代前半  大阪府
2/6 18:41
【冥土からのラブレター  新婚2か月で失った妻】 8 両親に結婚を告げる
「なにい……結婚だとぉ!」

 父の声が、居間に響いた。
 湯のみが畳に置かれる音が、妙に大きく聞こえた。

 立夫は、すでに覚悟を決めていた。
 母の病のこと、遺伝性であること、医師の説明、本で調べた内容――
 何もかもを知ったうえで、ここに来ている。

「それでも、結婚したい」

 静かに言ったその一言に、父の顔が強張った。

「おまえ……気は確かか?」

 低く、押し殺した声だった。

「言っちゃ悪いがな、家柄も資産も、雲泥の差だぞ」

 立夫は黙っていた。

「お前にはな、○○の娘と結婚させたいと思っていた。
 もう話も進めてたんだ」

 父は立ち上がり、窓の外を見た。

「そうすれば、うちの会社はさらに大きくできる。
 五十人規模で満足してどうする。
 お前の代で、もっと伸ばせるんだ」

 それは、経営者として、父なりの愛情でもあった。

 そのとき、母が口を開いた。

「立夫……」

 声が震えていた。

「そんな娘さんと結婚して、子どもができたら……
 どんなことになるか、分かるでしょ?」

 立夫は、はっきりと答えなかった。
 分かっている。
 分かっているからこそ、苦しい。

「あんたが……」

 母の目に、涙が溢れた。

「あんたが、不幸を背負うなんて……
 私は……私は、そんなの耐えられない……」

 言葉は途中で崩れ、嗚咽に変わった。
 母は顔を覆い、その場に泣き伏した。

「立夫」

 父が、少し声を落とした。

「情だけで、人生は渡れん。
 結婚は現実だ。
 会社も、家も、子どもも、全部背負うんやぞ」

 部屋の空気が、重く沈んだ。

 立夫は、二人の顔を見つめた。
 怒りよりも、恐怖があった。
 失敗する息子を見ることへの恐れ。
 家が壊れることへの恐れ。

「……分かってる」

 立夫は、ようやく口を開いた。

「全部、分かってる」

 それでも、と言いかけて、言葉を飲み込んだ。

 両親の言葉は、正論だった。
 否定しきれない現実だった。

 だが、光知子の背中が、墓前で手を合わせていた姿が、脳裏に浮かぶ。
 慈愛に満ちた、あの眼差し。
 初めてのキスで流れた、あの涙。

 ――それでも、俺は。

 立夫は、まだ答えを口にしなかった。
 だが、その沈黙は、迷いではなかった。

 この夜、立夫は初めて、
 愛する人と、家族と、未来が、同時に引き裂かれる音を、確かに聞いていた。
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