【冥土からのラブレター 新婚2か月で失った妻】 8 両親に結婚を告げる
「なにい……結婚だとぉ!」
父の声が、居間に響いた。
湯のみが畳に置かれる音が、妙に大きく聞こえた。
立夫は、すでに覚悟を決めていた。
母の病のこと、遺伝性であること、医師の説明、本で調べた内容――
何もかもを知ったうえで、ここに来ている。
「それでも、結婚したい」
静かに言ったその一言に、父の顔が強張った。
「おまえ……気は確かか?」
低く、押し殺した声だった。
「言っちゃ悪いがな、家柄も資産も、雲泥の差だぞ」
立夫は黙っていた。
「お前にはな、○○の娘と結婚させたいと思っていた。
もう話も進めてたんだ」
父は立ち上がり、窓の外を見た。
「そうすれば、うちの会社はさらに大きくできる。
五十人規模で満足してどうする。
お前の代で、もっと伸ばせるんだ」
それは、経営者として、父なりの愛情でもあった。
そのとき、母が口を開いた。
「立夫……」
声が震えていた。
「そんな娘さんと結婚して、子どもができたら……
どんなことになるか、分かるでしょ?」
立夫は、はっきりと答えなかった。
分かっている。
分かっているからこそ、苦しい。
「あんたが……」
母の目に、涙が溢れた。
「あんたが、不幸を背負うなんて……
私は……私は、そんなの耐えられない……」
言葉は途中で崩れ、嗚咽に変わった。
母は顔を覆い、その場に泣き伏した。
「立夫」
父が、少し声を落とした。
「情だけで、人生は渡れん。
結婚は現実だ。
会社も、家も、子どもも、全部背負うんやぞ」
部屋の空気が、重く沈んだ。
立夫は、二人の顔を見つめた。
怒りよりも、恐怖があった。
失敗する息子を見ることへの恐れ。
家が壊れることへの恐れ。
「……分かってる」
立夫は、ようやく口を開いた。
「全部、分かってる」
それでも、と言いかけて、言葉を飲み込んだ。
両親の言葉は、正論だった。
否定しきれない現実だった。
だが、光知子の背中が、墓前で手を合わせていた姿が、脳裏に浮かぶ。
慈愛に満ちた、あの眼差し。
初めてのキスで流れた、あの涙。
――それでも、俺は。
立夫は、まだ答えを口にしなかった。
だが、その沈黙は、迷いではなかった。
この夜、立夫は初めて、
愛する人と、家族と、未来が、同時に引き裂かれる音を、確かに聞いていた。