【冥土からのラブレター  新婚2か月で失った妻】 9 光知子の慟哭
30代前半  大阪府
2/6 18:47
【冥土からのラブレター  新婚2か月で失った妻】 9 光知子の慟哭
 光知子に、言えるわけがなかった。
 母親の病が遺伝性であることを――。

 立夫は一人、部屋に籠もっていた。
 照明も点けず、床に座り込んだまま、天井を見上げる。

 光知子は、知っているのだろうか。
 それとも、知らないのか。

 もし、知っていて、それでも結婚を承諾したのだとしたら――
 それは、自分に対する背信ではないのか。

 その考えが浮かんだ瞬間、立夫ははっとした。

 ――何を言っている?

 自分で自分を殴りつけたい衝動に駆られた。

 それは打算か。
 条件か。
 愛する人を、秤にかけているのか。

 ――お前の愛は、その程度なのか。

 誰に言われたわけでもない。
 だが、胸の奥から、はっきりとした声が聞こえた。

 立夫は、頭を抱えた。
 指を髪に突っ込み、何度もかきむしる。

 分からない。
 正しさも、誠実さも、何が愛なのかも。

 自分はどうすればいい。
 何を選べばいい。

 答えのない問いが、部屋に充満する。
 息が詰まりそうだった。

 数日が過ぎた。

 仕事も、食事も、上の空だった。
 光知子には、何も言えないまま、時間だけが流れた。

 その夜、携帯が鳴った。

 画面に表示された名前を見た瞬間、胸が跳ねた。

「……もしもし」

 応答した声は、自分でも驚くほど低かった。

 電話の向こうから、嗚咽が聞こえた。
 しばらく、言葉にならない泣き声だけが続く。

「……立夫さん……」

 やっと絞り出すような声。

「どうした?」

 立夫は立ち上がり、無意識に壁に手をついた。

「……今日……あなたのお父さんが……来たの……」

 その一言で、全身の血が引いた。

「用件は……」

 そこまで言って、光知子は言葉を失った。

 電話の向こうで、泣き崩れる音がする。
 呼吸が乱れ、言葉にならない嗚咽だけが続く。

 立夫は、何も言えなかった。

 あの夜、両親の前で交わされた言葉が、次々に脳裏をよぎる。
 家柄。
 資産。
 遺伝。
 不幸。

 それらが、今、一本の線となって、光知子に突き刺さったのだ。

「……ごめん……」

 立夫は、ようやくそれだけを口にした。

 だが、その言葉が、何に対する謝罪なのか、自分でも分からなかった。

 電話の向こうで、光知子は、ただ泣いていた。
 助けを求めることも、責めることもなく。

 その沈黙の重さが、立夫の胸を締めつけた。

 運命は、もう後戻りを許さないところまで、二人を連れてきていた。
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