超やさしかった『大日本帝国』を韓国が逆恨みするわけ【1】
なぜ、韓国人は旧宗主国である日本・日本人を逆恨みするのか?
日本人は気にもせず
韓国人は理解できず
それでいて、致命的に重要な事。
それは、戦後における韓国の「解放」は、実は解放でも何でもなかったという事実ではないでしょうか。
韓国において、8月15日は解放記念日として祝われています。
しかし、ここから既に誤りが生じています。
その第一の理由は
実際、この日に韓国・朝鮮は解放などされていないからです。
そして第二の理由は
韓国における根本的な不幸はこの日に始まったからです。
1945年8月15日
日本はポツダム宣言を受諾。連合国に対し無条件降伏しました…
その一報に接した金九は、天を仰いで長嘆息してこう言いました。
(キム・グ=暗殺の神様と言われ、植民地時代、朝鮮独立を求める人々の希望の星として尊敬を一身に集めた人物)
≫韓国軍は、日本軍を打ち破ることは一度もなかった。
≫わたしは、日本軍を撃滅して我が同士を解放したかった。
≫最後まで、日本軍に制圧されたままの解放なんて、結局、何にもなるまい。
≫日本帝国はひとたび滅びても、よりたくましく再建されるだろう。
そのとき、日本人は、庚戌国変(1910年の日韓併合)のときよりも残酷に、我々を奴隷にするだろう。
≫そのとき、我が同胞は、日帝と闘う気力を持っているのか。
≫否、自力で日帝から解放することもできなかった我が同胞に、とてもそんな力があるとは思えない。
この金九の嘆き。
この嘆きの中にこそ、韓国人の対日感情の原点があると思うのです。
「解放」なんて言ったところで、決して自力で「日帝」を追ったのではなく。
本当のところ、ほとんど何もできなかったという事実。
そして『8月15日以降も朝鮮には日章旗が翻っていた』事実。
日本が連合国に降伏した後1ヶ月近くです。
自称「解放記念日」以降も日章旗は、日本の朝鮮支配のシンボルたる朝鮮総督府にも、李王朝のシンボルたる景福宮にも、役所にも、工場にも学校にも翻っていたのです。
太極旗はすぐに下ろされてしまいました。
(終戦と同時に、朝鮮総督府が"自発的"に朝鮮人民に与えた自治権は、アメリカ軍によってたちまち撤回され、太極旗はすぐに下ろされたのです)
これに対し、革命の指導者も、独立の志士も、何一つできず。
民衆は、座したまま何も行動することはありませんでした。
そして、アメリカが戦後の交渉相手として選んだのは、朝鮮総督府であり。アメリカが気にしたのは朝鮮軍管区軍(もちろん、これは日本軍)でした。
8月15日のポツダム宣言受諾より。
9月9日の朝鮮総督府、朝鮮軍管区軍のアメリカ軍沖縄24軍団への降伏がなされるまで、朝鮮半島における統治は、なおも朝鮮総督府の手にあり、朝鮮軍管区軍によって半島の治安は保たれていたのです。
フランス革命、アメリカ独立運動、第二次世界大戦後のアジア・アフリカ・中近東の独立運動しかり。
『独立は自ら勝ち取らなければならない』という大原則!!
革命もなく、いわんや、群民蜂起すらなかった韓国…
あろうことか「反日帝」の指導者達は皆、まごまごするだけで、何をどうしたらよいかさえ分からなかった事実…
この時の行動が持つ、歴史的重大さは、強調され過ぎる事はありません。
第二の理由はこの行動から~