『僅か三日で陥落した首都ソウル』▼いかにして韓国は誕生したのか
先の大戦において、日本本土で地上戦が行われたのは沖縄と硫黄島だけである。
しかし
韓国では、朝鮮戦争において、領土の95%以上が敵軍に占領されることとなった。
【何の根拠もなかった38度線】
韓国は、いかにして誕生したのか?
韓国の誕生。
そこに英雄はいなかった。
民衆から湧き上がる運動も。
何の熱もなかった。
それは“ただ一本の線引き”から始まったのだ。
韓国を何も知らないアメリカ陸軍の准将が引いた
ただ一本の線。
その一本の線から創られたのが韓国という国である。
1945年8月15日
日本の早すぎる降服にアメリカは当惑した。
硫黄島や沖縄で、米軍に対しあれだけ熾烈に抵抗したあの日本だ。
アメリカは日本を完全に制圧するまでには、少なくともまだ1年半程はかかるだろうと見込んでいた。
その矢先に突如日本が降服してきたのだ。
北からは、ヤルタ会談でルーズベルトがけしかけたソ連軍が、雪崩のごとく南下してきている…
ぐずぐずしていたら朝鮮は全てがソ連に呑み込まれるであろう。
早く、、何とかしなければ。
8月15日の終戦ちょっと前の8月12日
沖縄の米軍が朝鮮に派遣されることになった。
ホッジ中将の率いる米第24軍団である。
このとき米ソの間では
米軍は38度線以南で日本の第17方面軍を武装解除させ。
38度線より北でソ連軍が関東軍の武装解除をする。
こう、取り決められた。
この米ソによる朝鮮分割占領案は、8月15日付の連合軍最高司令官マッカーサー元帥による「一般命令第1号」により布告される。
しかし、マッカーサーは38度線について、何か知っていたわけではなかった。
“マッカーサーのアジア”は、“日本とフィリピン”であり、そこには朝鮮は含まれていなかったからである。
8月9日の参戦以来、満州を蹂躙し怒濤のごとく南下してくるソ連軍。
それを塞き止めるための防波堤。
そのためだけに引かれたのが38度線だったのだ。
その内情は…
ソ連軍の快進撃に胆を潰した米軍の准将。
焦って、“このへん”で食い止めとけ、エイッ!ヤッ!!
って“思いつきで引いた”ところにあったのが38度線だったのだ!!
それだけ
そして、韓国に感心のないマッカーサーがその思いつきを、一般命令第1号にしちゃったわけだw
マッカーサーはこんな具合だし
ましてや連合国首脳がそんな線なんか関知するはずがなかった。
“ヤルタ会談”においても、“ポツダム会談”においても、この38度線に言及されることは、ただの一度もなかった。
ありようもなかった…
彼らは“朝鮮”について、あまりにも“無関心”であり、“無知”であったからだ。
【朝鮮人民の自治能力不信が悲劇を産んだ】
1943年11月
“カイロ宣言”で、米英中3国首脳は『朝鮮人民の奴隷的状態に注目し、“しかるべき順序”を辿って、朝鮮を自由かつ独立なものにする決意を持つ』ことが宣言された。
“しかるべき順序”?
いかにして?
朝鮮なんぞに感心のない連合国首脳に具体案などあるわけがなかった。
そして、朝鮮の運命が決まる
1945年2月
“ヤルタ会談”において、ルーズベルト大統領とスターリン首相の間の、いわば“個人的な取り決め”として、朝鮮を“しばらくのあいだ”米英中ソ4大国の“信託統治”下におくことが合意された。
1945年12月
“モスクワ協定”において、朝鮮信託統治期間は、5ヵ年以内と定められる。
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当初、ルーズベルトはこの信託統治の期間を4~50年くらいと踏んでいたという。
それほどまでに朝鮮人を信頼していなかった。
*****
それにしても
4大国による信託統治に及ぶ前に
“自由かつ独立”な“朝鮮政府”を作るための準備として、朝鮮人民により「臨時朝鮮政府」などが設立されなければならなかった。
ただ、それは絶望的な状況だった。
朝鮮独立運動の指導者たちは四分五裂し、いざ「解放」と同時に果てしない抗争に入っていたからだ。
朝鮮国内では、呂連享は、宗鎮禹の「建国準備委員会」に協力しようとはしなかった。
亡命から帰国した(しようとしている)指導者たちは、協力どころか、ストレートに仇敵同士であった。
アメリカからは※李承晩(※この男が反日韓国の元凶、卑劣な李承晩ラインを引いた)。
重慶からの金九。
ソ連からの金日成だ……
【朝鮮総督府に朝鮮統治を継続させたアメリカ】
それどころじゃなかった!!
アメリカは朝鮮人をまったく信頼していないw
たとえ、指導者間の抗争がなくなったとしても、朝鮮人の誰かに自治権をくれてやるつもりなんかどこにもなかったのだ。
そして
米朝鮮占領軍司令官、第24軍団長ジョン・R・ホッジ中将からは
1945年9月9日
朝鮮総督 阿部信行大将以下の留任が発表された。
さすがに、これには朝鮮人からの反撥が凄まじかった。
米国は留任命令3日後の9月12日、“しぶしぶ”阿部総督以下の日本人官吏を解任する。
三日天下というなかれ。
これが戦後韓国の初期条件、かつ初体験だったのだ。
韓国では、8月15日を祖国解放の日、『光陽節』といって祝う。
となると日本は圧政者で米軍は解放者…のはず。
その“解放者”が再び“圧政者”を“統治者”に任命したのだ…
アメリカは無知・無関心であるがゆえ、朝鮮なんかどうでもいいと考えていたことにほかならない。
【韓国、台湾はアメリカの防衛線外だった】
1950年1月12日
米国のアチソン国務長官は、ワシントンのナショナル・プレス・クラブで演説して言った。
『西太平洋における米国の防衛線とは
“フィリピン―――沖縄―――日本―――アリューシャン”
を結ぶ線である』
『この防衛線に加えられた攻撃に対して、米国は全力をあげて反撃するであろう』
『ただし、それ以外の地域(韓国も台湾も「それ以外の地域」)の防衛については、米国は特別の責任をもたない(成りゆきと様子を見よう)』
と、言っちゃった……
“共産主義者たち”は“アチソン声明”を聞き欣喜雀躍した。
“金日成”は歓喜し
そして、“戦争を決意”したのである。
“アチソン声明”で“韓国”と“台湾”は“米国から放棄”されたのだ……
コメント
2012/09/26 17:03
6. >えるびすさん
“クズ!カス!ヒトモドキ!”のことは
もっと語られなくてはなりません
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2012/09/26 16:59
5. >カカロット【百足嫌】さん
あの“クズカス”が反日の流れを捏造したからね
後の大統領の運命も(´ψψ`)
これもガチ
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2012/09/26 16:56
4. >あかぎさん
アメリカサンにすれば
▼ど――――――――せ傀儡
▼かつ全く信用できない民族
アメリカ帰りってだけで“クズ”だろうがなんだろうが関係なかったんでしょう
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2012/09/26 0:08
3. 李承晩は人モドキ、いや朝鮮人は人モドキ!!
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2012/09/25 23:28
2. あかぎさん同様わかりやすいです〓
李承晩は、カス
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2012/09/25 22:21
1. なるほど!!
分かりやすい日記だった~
どうでもいいけど、李承晩はクズだね
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