韓国を象徴する『李承晩』というヒトモドキ
〔4〕Japanese Korean Soldier
さて、朝鮮戦争の話を続けます。
李承晩は、ついに朝鮮半島南端の釜山まで追い詰められてしまいました。
釜山というのは、韓国の最も日本寄りの港町です。
今でも日本から韓国への観光船の定期便は、福岡ー釜山間を運行している。
つまり、日本に一番近い韓国の都市が釜山、というわけです。
李承晩ひきいる韓国政府と韓国軍は、ついにそこまで追いつめられたのです。
釜山は、この時点で韓国にとっての最後の砦、韓国軍は釜山を取り巻くように防御線をひきます。
このとき、米軍を主力とする国連軍はすこしずつ増援されていました。
けれど国連の多国籍軍は動かない。
兵力の逐次投入という愚をさけるためと称して、彼らは兵力を釜山にとどめたまま、戦いに参戦しなかったのです。
建前上は「戦略的に時間をかせぎつつ大兵力がたまるのを待つ」というのです。
本音は、韓国軍が連戦連敗しているのに、なぜ自分たちが命がけで北朝鮮と戦わなければならないのか、というものです。
このことは、私たち日本人も、よく肝に銘じておく必要があります。
日米安保だ、国連だと言っても、天は自ら助ける者を扶けるのです。
自分たちで戦おうとしないような弱虫に、誰が変わりに命がけで戦うものか、ということです。
朝鮮戦争で、韓国軍が釜山という南の果てまで追いつめられたのには、もうひとつの理由があります。
韓国軍の兵士というのは、その多くが日本統治時代に、日本軍に在籍していた者たちだったのです。
けれど個人的怨恨から日本が嫌いな李承晩は、日本軍によって薫陶を受けた元日本軍士官だった朝鮮人や、元日本軍兵士だった兵士たちを嫌い、軍の主要な任務に就けなかっただけでなく、元日本軍兵士だった朝鮮人だけでの部隊の編制を厳禁していたのです。
どんなに訓練を受けた精強な兵士や士官でも、上に立つ者がアホなら、戦果はあげられません。
なぜなら軍隊とは完全なタテの組織で、上官の命令によって動くものだからです。
ついに韓国軍は、釜山まで追いつめられた。
このとき、韓国軍に金錫源(キム・ソクウォン)という人物が現われます。
彼は、漢城出身の韓国人です。
日本の陸軍幼年学校、陸軍士官学校を経て、満州事変やシナ事変で一個大隊を率いて中国軍を殲滅し、朝鮮人としては初、また生存している佐官クラスでは、異例の功三級金鵄勲章を天皇陛下から授与された経歴を持つ人物でした。
金錫源は、軍事対策会議に出席すると、国連軍の総司令官がマッカーサーであることを哄笑します。
「日本軍を破った男が日本軍を指揮するのか。
よろしい。
日本軍が味方にまわればどれほど頼もしいか、存分にみせつけてやりましょう」
彼はそういって軍刀の柄をた叩いた。
李承晩にしても、釜山が陥落すれば、もはや朝鮮半島は完全に北朝鮮に支配され、己の命もなくなることは、この時点で十分承知しています。
そしてこの段階に至って、はじめて李承晩は、金錫源の言を入れ、元日本軍兵士たちだけでの師団を編成することを認めます。
金錫源は、元日本兵だけを集め、1個師団を編成する。
軍事経験に乏しく、十分な訓練を受けていない日本軍での訓練経験のない韓国人士官たちは、敵が来ると、我先に逃げてしまうのです。
軍は指揮官によって動く。
指揮官が敵が見えただけで逃げ出す軍では、どうにもならなかったのです。
それが釜山まで追いつめられた時、やっと念願の元日本軍士官に率いられた、元日本軍兵士たちによる部隊ができたのです。
金錫源は、一個師団を編成すると、全員の前で薫陶を行います。
このとき、演台の変わりに、近くにあった大きな壷に乗って、兵士たちに薫陶した。
金錫源将軍は、兵士たちに必勝の檄を飛ばしたのだけれど、そのとき力一杯足を踏み鳴らしたために、その壷のフタが割れ、足が壷に入ってしまった。
なんとその壷は、糞壷だったそうです。
平時であれば笑ってしまいそうな話ですが、そのときの金錫源将軍の迫力は、ものすごく、兵士たちはひとりとして笑うものなどいず、全員が必勝の意欲に燃えたといいます。
そして師団は、8月15日深夜、粛々と釜山東部の守備に向かう。
その途中、金錫源将軍は、師団の一部の兵士を夜陰にまぎれてどこかへ逃がします。
なぜ逃がしたのか、この時点では誰も知りません。
師団の移動の様子は、北朝鮮側から丸見えでした。
なんのことはない。裸同然で、銃器程度の武器しかない一個師団です。
ソ連製戦車の前では、赤子同然の兵力でしなかい…
金錫源将軍の師団が釜山東部で配置に付いた時、北朝鮮軍は、戦車を先頭にした大軍で、これを包囲します。
集中砲火によって、完全に金錫源将軍の師団を殲滅する作戦です。
この包囲によって、金錫源の師団は完全に孤立してしまう。
そして戦いが始まった。
金錫源は、飛び交う銃弾の中で、日本刀を振りかざして陣頭に立ちます。
そして敵軍を睥睨し、撃て~!と叫ぶ。
その姿は、これこそがほんとうの軍人の姿だ、と兵の士気を著しく高めたといいます。
金錫源たちが奮戦している間、米軍は動きません。
多国籍軍も、釜山にあってひたすら沈黙を守っています。
つまり、金錫源率いる師団に援軍はなかったのです。
「孤軍」の状態で、金錫源たち旧日本兵師団は戦い続けました。
金錫源は、頃あいをみて、兵力を敵右翼に集中すると、北朝鮮軍に一斉砲撃をしかけます。
そして、にわかに突撃を命じます。
相手は命知らずの旧日本軍韓国兵です。
北朝鮮軍はあわてて後退。
敵撃破の好機到来です。
金錫源の士気はいやがおうにもあがりました。
ところがこのとき、なぜか金錫源は、全軍に退却を命じます。
深夜です。
日付はすでに16日になっている。
北朝鮮軍は、韓国軍が退却し始めたのを見ると、反撃に転じ、金錫源軍をいっきに殲滅させようと迫ってきます。
金錫源将軍の師団は、岬を回って潰走します。
とにかく逃げる、逃げる。
北朝鮮側は、まさに好機到来と、金錫源将軍の師団を追います。
全軍一丸となっての猛烈な追撃です。
北の戦車部隊も、一気に追い、責め立てる。
そして北の戦車隊が岬を回り込んだときです。
そこにこつ然と、米軍の大艦隊が出現したのです。
ソ連製の戦車は、装甲が厚く、銃や迫撃砲、バズーカ砲などではまるで歯がたちません。
けれど戦艦から繰り出される対戦艦用の大型砲門相手ではどうでしょう。
戦車の巨体よりもさらに大きい、米艦隊の砲弾が、雨あられと北の戦車部隊に降り注いだのです。
これには北の自慢の戦車部隊も一網打尽です。
実は、前夜、金錫源将軍の師団が移動中、一部の兵士に命じ、作戦の詳細を米艦隊に連絡させてあったのです。
師団が囮になり、北朝鮮軍が進路を東に転じて海岸線にでたところに、米艦艇から一斉に艦砲射撃をあびせるようにと、です。
それまでの弱腰だった韓国軍に、最初は半信半疑だった米海軍も、金錫源将軍が元日本陸軍の左官であり、勲章ももらっている人物であると聞き、それならもしや、と艦隊を待機させていたのです。
要するに日本の信用で、米艦隊が動いた。
天地が覆るかと思われるような轟音がひびき、無数の砲弾が北朝鮮軍第五師団のうえに降りそそぎます。
米国誇る太平洋艦隊の主砲です。
T型戦車などひとたまりもく吹き飛びました。
それを待っていた金錫源の第三師団は隊列を変化させ、北朝鮮軍を包囲して砲撃を開始します。
艦砲、迫撃砲、榴弾砲などあらゆる種類の砲弾が火を噴きます。
北朝鮮の戦車は粉砕され、兵は空中に飛ばされ、隊列を乱して逃げる北朝鮮兵士は、金錫源将軍の師団の銃撃の恰好の餌食となりました。
追って来た北朝鮮軍は、一瞬で壊滅し、兵士たちがバラバラになって敗走をはじめます。
ところがその潰走ルートには、金錫源が、やはりこれも前夜のうちに金錫源将軍があらかじめ忍ばせた伏兵が待ち受けます。
伏兵たちは、潰走する北朝鮮兵に猛射をあびせたのです。
コメント
2012/10/13 11:47
2. もし金錫源将軍がいなかったら李承晩は、その時点で死んでやろうね〓![[びっくり]](https://img.550909.com/emoji/ic_swirl.gif)
![[びっくり]](https://img.550909.com/emoji/ic_swirl.gif)
そして朝鮮社会主義国家が誕生してたかもね
しかし、元日本兵の金錫源将軍のおかげでアメリカが動いて挽回したのだから李承晩は日本のおかげと思わなかったのかね
そこは李承晩の胡桃の脳みそ(笑)
返コメ
2012/10/13 9:25
1. こんにちは。何か書物で読まれたのですか?ディテールが詳しく凄いです!
これは日本戦国時代の中入りという戦法と同じですね
返コメ