人を成長させる原動力は『恥』
この『恥』という言葉は『孟子』の中にしばしば登場します。
『恥の人におけるや、大なり。 機変の巧みを為す者は、恥を用うる所なし。 人に若(し)かざるを恥ざれば、何ぞ人に若くことあらんや』
(恥は、人を人たらしめるに最も大事なものである。 偽ることが巧みで、その時その場に応じて是非を変えるような人は、恥じるべきことに対しても恥じようとはしない。 足りない自分を恥じなければ、どうして人たることを得るだろうか)
さらに、孟子は
『人は、もって恥なかるべし。 恥なきこれを恥ずれば、恥なし』
(人は、恥がないようにすべきであろう。 しかし、恥がないとするような人であれば、これほど恥ずべきことはない)
とも言います。
『恥』という漢字は、「耳」と「心」からできています。
「耳」は「柔らかい」という意味を示すそうです。
つまり、『恥』の語源とは『心がなよなよと弱くなってしまうこと』なのだそうです。
自ら恥じることがないという人も、もちろんいらっしゃいます。
そのほとんどは虚勢でしょう…
しかし、そんな人が、もし人を責めれば、責められた人は何と思うだろう?
実際に私は、ここ数日というもの、冷静になる度に反省することばかり…
お恥ずかしい限りです f(^_^;
孟子が『恥がないとするような人であれば、これほど恥ずべきことはない』と言うように、訝しい人間に映ったことでしょう。
「『恥』を感じ反省する心」、それこそが人を外に向かって成長させることなのだと思います。
「聰明」の「聰」は、『恥』という漢字の「心」の上に「窓」を意味する…が付くことによって成り立っています。
肝に命じていきたいものです。
ちなみに漢字検定では
【聡】14画(8) 準1級←漢検では今ココ♪
【聰】17画(11)旧字.1級
になります b(・∇・●)