ぷんぷん[むかっ(怒り)][むかっ(怒り)][ダッシュ(走り出すさま)] そもそも歴史上に『中国』なんて国号は存在しないぞっ Σ( ̄□ ̄;)!! =続く
60代前半  石川県
2013/06/14 16:37
ぷんぷん[むかっ(怒り)][むかっ(怒り)][ダッシュ(走り出すさま)] そもそも歴史上に『中国』なんて国号は存在しないぞっ Σ( ̄□ ̄;)!! =続く
歴史の過去を修正し消去することは不可能である。

その歴史を捏造し隠蔽することも非現実的である以上自国の都合で糊塗したり、焚書坑儒(ふんしょこうじゅ)することは許されない。





シナ(支那)というのはペルシャやインドという当時世界の中心だった人達が 「東にチーナという大きな国が出来たらしい」 と言ったことから生まれた




その国の呼称が 「秦=チーナ」 で 「チーナ・スタン」 となり

時代は移り

唐代に玄奘三蔵が天竺(インド)に教典を取りに行き漢文の教典に訳した(=大蔵経)



そしてこの中にあったチーナを支那と音訳したのだ






処変わって江戸中期

日本では支那のことをとうの昔に滅んだ 「唐(とう・から)の国」 と呼んでいた



ある時期

媚支那と侮支那の儒学者の対立があり呼び方を改めることになったが、いざ隣の国をどう呼べばいいのか困り果ててしまったという



隣国が統一され

秦から始まり清になっているのは理解できるが


その都度呼称を改めるのか?




どうせまた今のも直に滅ぶだろうと…

そこで新井白石が 「大蔵経」 の中から 「支那」 という文字を見つけて引っ張り出し

これを国名ではなく大陸の 「連続する地名」 として採用することにした





時代は更に流れ中華民国建国


そして五四運動(反日運動)の後に「支那」という文字が悪い!

侮蔑している!と支那人が騒ぎ出した




歴史が連続していれば、自分達のご先祖様となる唐が自らを 「支那(人)」 と称したのを知らずに


無知から日本のせいにして噛み付いた



そして日本語読みの 「シナ=支那」 は差別語にして

「チャイナ=中華=中国」 と歴史の改ざんを行なって現在に至る





ではなぜ当時の唐(鮮卑人)は 「支(える)那(辺境)」 などという漢字を当てたのか?



唐代は仏教を国教と定めた国であり、その仏教が生まれた“インドを尊敬”して 「中国」 と呼んでいたからであり

そのありがたい教えを持つ 「中国(=インド)」 から離れた土地にいる自分達を支那としたわけだ




ここから当時の日本が仏教国として唐を尊敬し遣唐使や朝貢をしていた理由の一端が垣間見える






ただの面子(虚栄心)だけから自分達は常に世界の中心だ!文化の中心だ!歴史は5000年だ!



などと吠える今の支那人が



未だに近代~現代の歴史すら捏造する姿は日本から蔑まれて当然だ




崩れだしたら滅茶苦茶早いだろうね
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