なぜ、日本人だけが即座に鉄砲や黒船を自作できたのか?って事が最重要
黒船の来航について、次のことが言われる
黒船に乗った白人たちは世界中に行った
しかし、黒船を見ただけで即座に自分達で黒船を作ったのは日本人だけだと
━かなり中略━
日本の武士は、何も武術のみを研鑽していたわけではない
文武両道と言う言葉があるように、学問に秀でた人々も非常に多かった
なかでも、黒船が来たのを見て自力で黒船を作った藩が三つあった
島津の薩摩藩 ・ 鍋島の佐賀藩 ・ 伊達の宇和島藩がそれで
黒船来航からわずかの期間で蒸気機関で動く船を造ってしまった
特に白人の指導を受けたわけではない
日本には、長年続いた鎖国に伴う禁制があった
だが、自由な発展が出来なかった自然科学の分野においても、当時の最先端技術である蒸気船が自力で造れるほどに人知が進んでいたということである
日本人は日米和親条約締結の前後、しばしば黒船を訪ねている
その時の日本人の様子をアメリカ人が書き残しているが、当時の日本人の知力の高さがうかがえて、たいへん興味深い
アメリカ人達は、『野蛮国』の日本人がさぞや驚くであろうと、最先端の機械などを次々と見せる
ところが、一向に日本人は驚かない
興味深そうにするのだけれど、驚きの様子がない
また、見たものは何でも触ろうとする
『こんなに何でも触りたがる人種は他に見たことがない』とアメリカ人が呆れるほどであった
そして、要所要所では、懐から帳面を取り出して、スケッチしたという
これを、当時の日本人の側に立って説明すれば、驚かないのは当然の話であり
すでに西洋の文物はあらかた読んで知っていたのである
それに、根底には『自分達だって造ろうと思えば、すぐに出来る』という自信があったから、ひるんだりしない
ただ、実見するのは初めてだから興味津々であっただけの話である
━中略━
幕末・明治の人々は、それこそ欧米先進国と自分たちとの工業技術の差の大きさに愕然とした
しかし、当時の日本人たちは愕然とはしたけれども、絶望はしなかった
それは『我々は鎖国の平安の中で寝すぎただけだ』という、いわばウサギとカメの競争での、ウサギの後悔の心にも似た心境であった
だからこそ、あっと言う間に黒船を自作してしまう藩が現われたのである
そして、これを可能にしたのは、知力の高さも不可欠だが
それ以前に『もはや欧米諸国には追いつけない』という絶望感は、当時の日本人には微塵もなかったからに他ならないだろう
さらに、世界中の有色人種の中で、西洋文明に対し
当時そのようなイメージを持っていた民族は日本人の他にはなかったと断言できる
日本人以外の有色民族は、西洋文明に対し、自らは挑戦不可能と思うか、あるいは反発心のあまり、西洋文明を全否定したりするような態度をとった
引用文献・・・「かくて歴史は始まる」 渡部昇一著
コメント
2013/08/03 12:34
3. この手の話って、何故か学校で教えないんですよね…
日本は鎖国したと教えても、何故鎖国することができたのか?とかね
返コメ
2013/08/03 11:52
2. >シンバッドさん
ありがとうございます
こちらこそ宜しくお願いします
返コメ
2013/08/03 10:36
1. 大変勉強になりました。
今後とも宜しくお願いします。
返コメ