17年前“パラオ”であの国が引き起こした『暗黒の9月事件』から日本人が学ぶべき事
60代前半  石川県
2013/09/13 8:21
17年前“パラオ”であの国が引き起こした『暗黒の9月事件』から日本人が学ぶべき事
※※※またまたミスって後半部分を消しちゃいました…


肝心要の部分だったので

再アップしました ( ̄┰ ̄)ゞ




先ほど、別の日記にいただいたコメントの返コメにも書きましたが

1996年に親日国パラオで引き起こされた『暗黒の9月事件(Black September)』と東日本大震災から受けた印象を絡めて書きます




9月11日で東日本大震災から二年半が過ぎました


あの未曾有の大震災の直後から、信じられないスピードでライフラインを復旧させた東日本の中小企業の姿があったことを忘れません




しかし、その世界中を驚嘆させた日本が、国内インフラ整備の公共事業を海外に任せようとしています



大震災当時の民主党は論外ですが

自民党も、懸命にライフライン復旧に携わった、あの東日本一体の企業の皆さんの姿や、その誇りを忘れたのでしょうか?


悲しいかな日本は地震・火山国であり、毎年国内のどこかが天災に遭遇します


世界貿易機関(WTO)に加盟し、「政府調達協定」 を、ただただ遵守するだけの姿勢に懸念を覚えます




先日の東京五輪招致でも

安倍総理はアピールするべき点を、正式にちゃんとアピールしたこてが正しい結果を導きました



あの姿の様に

まず第一に日本国民の生命に関わる点であることを正式に主張すべきであって

日本の特別な遭難を含め

正しい主張をする姿勢こそが非常に重要だと思いました




日本の中小企業が弱れば

「もの作り精神」 や 「素晴らしい技術」 を無くし


積み上げてきた 「誇り」 と 「結果」 も失ってしまいます





このまま日本国民のライフラインを守る企業を弱らせれば



結果として台頭するのはどこの国の企業ですか?


日本国民に対する責任感はあるんでしょうか?





パラオで引き起こされたライフラインまでが寸断された 「KBブリッジ崩落死傷事件」 があります



事件の経緯と事後の顛末をご覧ください





*以下は例によって転載です

このテの事件に、私個人の感想を書くと警告の対象とされそうなので、それは控えます


内容自体は昨年の同時期に日記で紹介した、事実を元にした“三次ソースからの借り物”で、昨年の日記には一次ソースのアドレスまで載せてありました

その後、サポートからの注意メールでアドレスを削除し載せていません





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■パラオで崩落した橋から日本が学ぶこと■



パラオ本島と首都のあるコロール島の間にはKBブリッジという橋がある。

しかしこの橋は一度崩落している。

この橋の建設担当をしたのは韓国の業者。

建設業者選定入札において、日本の鹿島建設の半額を提示した韓国業者が落札されたのだ。


だが、それは悪夢の始まりだった。

この業者、コンクリートの固め方さえデタラメで、建設の様子を見ていた現地住民などは開通当初から不安を抱いていたため、車で橋を渡るときは、何かあった時のために必ず「窓を開けて」警戒しながら通らざるを得なかった。

橋の中央部が次第に変形して沈んでいくため通過制限重量は変更され、徐々に体感できるほどの危険な揺れが始まり、事故の起きる頃には 徐行運転で恐々と渡るような状態になっていた。


そしてある日、悪夢は現実となった。

1996年9月26日午後5時35分頃、轟音と共に突如中央部から真っ二つに折れて崩落。

2名が死亡、4名以上が負傷した。


橋はコロール島から空港へと向かう唯一の道路であり、またバベルダオブ島からコロールへ供給されていた電気、水道、電話などのライフラインが通っていたため首都機能が麻痺し、クニオ・ナカムラ大統領は国家非常事態宣言を発令した。



「暗黒の9月事件(Black September)」 とも呼ばれている。



各国は旧KBブリッジ崩落を受け、支援を開始した。

日本も飲料水の緊急輸送や仮設橋の設置などの支援を行った。


パラオ政府は韓国の業者に崩落の賠償を請求したが、その業者が過去にも聖水大橋を崩落させていたことを理由に韓国側は賠償を拒否。

しかもその会社は既に解散していたため手掛かりもなく、一銭も支払われなかった。


(※韓国の建設業界では、中小の会社が金を貰った途端に会社を解散させて音信不通になることは珍しいことではなく、よくあることだという)




旧KBブリッジにはハングルとアルファベットの碑文が刻まれた記念碑のみが残されているが、何者かにより 「KOREA」 の文字が削られている。



そんなパラオ政府を見かねて、手を差し伸べたのが日本だった。
日本は、まず仮設橋の建設を援助、島の交通を確保。


さらに

日本政府の援助により約30億円の新たな橋を無償で架ける事にした。施工はKBブリッジの建設業者選定入札に名乗りを挙げていた鹿島建設。

工事中、現地の人達は 「カシマ」 という言葉を覚え、日本人を見ると 「ありがとうカシマ」 と声をかける子供もいたという。


5年後、橋は完成した。




そして開通式典が開かれ、橋の新しい正式名称が発表された。


その名も


「Japan-Palau friendship bridge」


「日本・パラオ友好の橋」



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コメント

50代前半  福島県

2013/09/13 13:02

2. いい話ですよね
日本人でよかったと、つくづく思えますね

こういう事に使うのなら、いくらでも税金を投入してもよいと思います

70代以上  岐阜県

2013/09/13 12:47

1. 資源のない日本にとってモノ造りは生命線。

日本の建設技術もパラオだけじゃなくウズベキスタンに建てられた劇場(シベリア抑留でウズベキに送られた日本人が建てた劇場は、ウズベキを襲った大地震にもびくともしなかった)でもトップレベルの技術が証明されてます。

絶対に廃れさせてはいけません。

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