支那大陸と朝鮮半島の従属関係
60代前半  石川県
2013/10/27 8:29
支那大陸と朝鮮半島の従属関係
朝鮮は二千年来、人類史上唯一異民族の支配を受けた事の無い国であり、日本の植民地支配を36年も受けたのは有史以来初めてだったと嘘を教えられるそうだが


事実は全く違う

朝鮮半島の歴史とは支那が朝鮮をいかに支配してきたかだ




ネットではその例が溢れかえっているが、一例を挙げるだけでも一端が伺われる


○清国皇帝により朝鮮国王は任命される

○朝鮮国内で起こった事件の委細には全て清国皇帝に報告する

○清国の一使節に対し朝鮮国王がソウル城門の外まで出迎え“三跪九叩頭の礼”を執る

○朝鮮国王の地位は清国廷臣より下位である

○朝鮮政府に貨幣の鋳造権はない



細かく定められた貢品以外にも毎年、牛三千頭、馬三千頭、各地の美女三千人を選り抜き、清国に朝貢することが義務付けられていた

牛馬三千頭を手に入れることも容易ではないが、女性三千人を宗主国の清国に送るとなると両班の娘だけでは間に合わない

米と農家の娘を物々交換するか、あるいは強制連行などの手段しかない


ここに、今日問題とされている「人身売買」「強制連行」「慰安婦」の原点がある

~~朝鮮の強制連行と慰安婦は、まさに朝鮮痛史であり日韓併合を云々するならば、同時にこの朝鮮痛史にも立ち向かわなければならないだろう~~ 黄文雄・著書より





【韓国】中高校生の性犯罪、6年間で九倍…集団レイプ、撮影、脅迫、金銭強奪も!
“東方礼儀の国”ではなく東方レイプの国か 〔朝鮮日報日本語版/2012/10/05〕


韓国人が誇るものの中に「東方礼儀の国(邦)」とういう朝鮮を指し示す言葉があるそうだが、この言葉の本当の意味を知っている韓国人は少ない


元々この言葉は中華王朝から朝鮮へ贈られた言葉である

中華の天子へ忠実に諸侯の礼を尽くしてきた朝鮮に、中華が「東方礼儀の国」という言葉を贈ったのだ


直訳すれば「中華の属国として礼節を尽くした国」という意味だが、この意味を現代の韓国人が全く理解していないのは皮肉である





中華王朝の属国における歴代国王は、原則として皇帝の臣下と見なさてきた

朝鮮国王は中華皇帝によって任命され、中華の朝廷は朝鮮の王妃や王太子の廃立に至るまでその権限を振るうことが出来たのである



ちなみにこの当時、朝鮮を実質的に指揮監督していたのは中華王朝の北洋大臣や直隷総督などであった



つまり朝鮮国王は形式だけのもので、決して主権国家の元首として扱われていたのではない



さらに朝鮮国王の中華王朝からの使節の出迎えは余りにも屈辱的であった

満州人の使節が来ると朝鮮国王は自ら高官を引き連れて迎恩門まで歓迎に赴き、“三跪九叩頭の礼”で地面にひざまずいて迎え

使節に敬意を表し宴会を催して芸を披露して接待しなければならなかった

王太子は慕華館(迎賓館)で使節に酌の礼をするのが最大の役目だ


〔韓国人が直視すべき真実の歴史「千年属国」より〕


これ以上の説明は必要ないだろう





抵抗すらしなかった朝鮮は中華や中央アジアと違い、唐の時代から朝貢や貢女を強制され続け

日本に清国から独立させてもらうまで続いたアジア唯一のヘタレだったことも史料から分かる



≫『明実録』(永楽7年2月)に記載されている例では、明の黄儼が勅使として朝鮮へ派遣され、直接美女を選んだとされている

このことに恐れおののいた朝鮮政府は、慌てて全国で結婚を禁止し、13~25歳までの処女を各地から数回にわたって集めた

元宗十五年三月、元使が高麗を訪れて 「南宋襄陽府の軍人が妻を求めているので、国中で結婚が禁止し、夫のない婦女を献上するように」 (『高麗史』) さらに 高麗に駐在する元の役人もまた良家の婦女を求め、美女を選んで強制的に結婚した


≫忠烈王二年閏三月、元使が高麗に至り、 帰附軍のため妻を献上するよう求めた

高麗王は、何も言わなかった…(『高麗史提綱』)


≫忠烈王元年冬(1275年)十月、処女を元に献上する時期が近づいていたので国中で結婚が禁止された(『高麗史』)


≫永楽帝―中華「世界システム」への夢-講談社選書メチエ

永楽帝は父朱元璋と同様、多くの女性を後宮に集めることに、並々ならぬ熱意を示した

特に朝鮮に対しては永楽六年以来、たびたび美女の献上を 命じており、朝鮮王朝はそのたびに屈辱的な思いを味わった

永楽六年などは、わざわざ婚姻を禁止して選抜を行ったが、明側の使者の宦官の意に沿わず、改めて美女の選抜をやり直した程である


≫翌年の忠烈王元年、元は高麗へ南宋の降人部隊「蛮子軍」1400人を派遣し、駐屯させた

高麗政府は、軍人たちを慰めるため再び「寡婦処女推考別監」を設け、各地へ役人を派遣し婦女を推考選別したのだった

しかし、中華帝国の朝廷が、朝鮮人の「貢女」選考について少しでも不信を抱けば、すぐに朝廷から勅使が派遣された

勅使は当然のごとく朝鮮の王宮へ乗り込み、ときには勅使が直接選考をすることさえあったという





江戸時代に日本に送った「通信使」は12回

一方宗主国に送った使節は「正朝使」とか「謝恩使」と呼ばれ、500回を越えると言われている



頻度から見ても宗主国に送った使節は属国朝鮮にとって遙かに重要だった

ところが、現在の韓国では謝恩使を再現せず通信使のみを再現する

なぜか?

それは万年属国だった歴史的事実を隠し、日本に「先進の文物を伝えた」と主張したいが為だろう


朝鮮通信使再現のニュースに接するたび、恣意的解釈に満ちた彼らの歴史観、常に自分で自分を持ち上げようとする品性の無さ等悲しい民族の性を哀れと思う

所詮は「通信使」なんぞ朝鮮から徳川将軍へのご機嫌伺いの、集りと盗み集団の列島行脚だ



おとなしく江戸まで行けばいいものを途中で鶏泥棒をやらかして袋叩きにされたアレについてだが

「朝鮮紀行ー英国夫人の見た李朝末期 イザベラ・バード」の中にこんな一文がある


~~鶏や卵をかっぱらうのは、朝鮮では両班の当然の権利であり、まさに強奪者以外の何者でもない~~


このことから、自国(李氏朝鮮)において官僚や両班にとっては、物などを「勝手に盗む」ことは普通のことであり

日本において鶏を盗んだことでなぜ咎められるのかすら理解できなかったと想像される


この「朝鮮紀行」は、日韓併合前後に朝鮮半島を訪れた女流紀行家イザベラ・バードが書いた紀行文であるが、一級の歴史資料でもある

朝鮮通信使の時代と年代的に隔たりはあるものの、李氏朝鮮500年の間全く進化していないことを考えると、イザベラ・バードの「朝鮮紀行」の中に書かれてある事柄や、高級官僚や両班の行動様式などは特に大きな違いはないと考えられる





【種受け(シバジ)】種受けとは朝鮮半島において李氏朝鮮時代まで存在した職業の一つで、後継ぎがいない名家の主人と性交をし、後継ぎの男の子を出産する事により代金を得る職業である

世継ぎの男子を出産したら顔も見ない内に直ぐにその家を立ち去る事がシバジの掟であったが、嫉妬した夫人に虐待される事も多かった

男子ではなく女子が生まれた時には、その女子は母親と同じ種受となる

人権上の問題が多く、韓国併合後に朝鮮総督府(日本)によって種受は禁止された





戦後80年を経ようとする時に、高給を得て「商売」をしていた「娼婦」を日本軍の強制連行によるなどと捏造を繰り返し

責任転嫁、謝罪要求、補償要求を展開し続ける辺りは

ここまで挙げた「ご都合主義」の韓国さながらである



もし“歴史問題”を主張したいのであれば、胸に手を当て、自国の古来からの「人権観」を猛省すべきなのは韓国であり、朝鮮半島であると理解してからだ



では「日本に対する“道徳的な優位性”を主張する資格が韓国にあるのか」

そんなもの、調べるほどに識るほどに優位性など「無い」ことは歴然とする





史実の歪曲、抹消、または捏造、書き替えのために、韓国が着手した愚かしい国策が

併合時代に遡り、一方的に「親日派」とみなした人物とその子孫に対する「財産没収」であり

戦時中の「娼婦」を「日本軍」の徴用によるものだ、と主張し出した、いわゆる“従軍”慰安婦の捏造問題である



いずれも共通するのは、それが自国民であっても人を「人」として見ない「人権観」であり薄弱な発想であり

国際的に法治国家と名乗る国で、あのような恥ずべき遡及法はあり得ない



まして“自称性奴隷たち”の“証言”に見られる“虐待や蹂躙”の数々は、それがそのまま朝鮮人特有の哲学であることは明白だ



そして、自他国の婦女子に対して朝鮮戦争で朝鮮人は何をして来たか

ベトナム戦争で韓国軍は何をして来たか


それらの事実を鑑みれば

日本軍への事実の転嫁を試みる“自称性奴隷たち”の“証言”は、そのまま朝鮮人の行為を証言しているに等しい



心理学では、己を語る事項を「他へ転嫁する」ことを「投影」または「投射」というそうだが

韓国の場合はまさにこれである





歴史的に、自ら進んで中国古代帝国の下僕の道を選び、ついこの間まで喜んでそういう道を歩んで来た(冊封/朝貢国)

首都ソウルの漢字名が奇しくも“漢城”(漢族の都市 の意)というくらいの中華漬け

“朝鮮” の中国語での本当の意味は 朝(本義は朝見の意で比喩的に貢ぎ物)が 鮮(少ない)

"鮮" の中国語の元の字は 「是+少」態度がでかいくせに「これ少なし」の意で一字を成す




高麗王朝から王位を簒奪し、李氏朝鮮初代の王となった李成桂は、王位につくや、当時誕生したばかりの明王朝に伺いを立て国号を決めて貰っている

この時、李成桂は箕氏朝鮮の旧号「朝鮮」と李成桂の生地「和寧」の二つの名前を持ち出し、明の太祖の朱元璋から「朝鮮」の国号を使うことを許される

世界史の中で様々な国が存在するが、他国に自国の国号を決めて貰った国など、後にも先にも朝鮮ただ一カ国であろう

本来ならこの一時を持って、朝鮮が中国の属国であった事を、何よりも物語っているのだが、韓国人はこれでもまだ朝鮮が中国の属国であったことを認めないのである




繰り返しになるが


ここまでくればこれ以上の説明は必要ない

誰がどう見ても朝鮮は、中華の属国若しくはそれ以下の扱いを受けていた

現実に韓国以外の各国では歴史の教科書で、朝鮮関連の記述(これ自体殆ど記述されていが)において、全て例外なく「朝鮮は中国の属国であった」と記している

韓国が敬う中華でさえ朝鮮が中華歴代王朝の属国であったと明示している

韓国がよく引き合いに出す亜細亜のみならず世界各国が朝鮮は中華の属国であると認めているのだ



確かに、他国の属国であったという歴史は不快なものであろう

だがそれは決して恥じることではない

真実の歴史を覆い隠そうとすることこそが恥なのである



千年属国として余りにも歪みきった朝鮮民族の精神は、日本によって独立を得られた100年では矯正出来なかった


だが、事大主義・属国根性に染まった現代の韓国人の精神を健全なものとするには

まず最初の一歩として歴史の事実を認めることから始めなければならない
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コメント

60代前半  石川県

2013/10/27 19:49

2.  >>1 下がり藤(愛国者で有り続けます)さん
日本でも中央集権の時代には租庸調を算出する方式があったわけですから

下がり藤さんのおっしゃる方式がが正しいかと思います

しかし、朝鮮半島は封建時代が存在しない“なんちゃって中央集権”でしたから、恐らく地方の腐敗は酷かったでしょうね

50代半ば  東京都

2013/10/27 18:08

1. 貢女は両班の娘でなく、この村からは何人を出すように、という集め方を読みました。金持ちは金を出せば、免除されたようです。
手の込んだ工芸品とかもないので、娘くらいしか捧げるものがなかったという話もあります。

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