【全体公開へ】放硫黄島からの手紙~たこちゃんへ
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新藤総務大臣の元日靖國神社の初詣をきっかけに靖國に祀られる大臣のお祖父さんである栗林中将を検索したところ
後の※ベトナムにも通づる戦術を初めて採り、米軍に「勝者なき戦い」と言わしめ、硫黄島の戦績もさることながら
ついお正月早々ついうるっと来てしまった父としての栗林中将の手紙がありました
(ノд<。) 目から汗が…
「お父さんは、お家に帰って、お母さんとたこちゃんを連れて町を歩いている夢などを時々見ますが、それはなかなか出来ない事です。
たこちゃん。お父さんはたこちゃんが大きくなって、お母さんの力になれる人になることばかりを思っています。
からだを丈夫にし、勉強もし、お母さんの言いつけをよく守り、お父さんに安心させるようにして下さい。
戦地のお父さんより」
新藤大臣のお母さんが 「たこちゃん」 です
中共はウチの大叔父も祀られている靖國神社とは全く関係がありません
中共!超ムカつきます!
※硫黄島の戦い=戦闘自体は結果的に敗北に終わったものの、僅か22km2(東京都北区程度の面積)にすぎない硫黄島を、日本軍の3倍以上の兵力および絶対的な制海権・制空権を持ち、予備兵力・物量・補給線・装備全てにおいて圧倒的に優勢であったアメリカ軍の攻撃に対し、最後まで将兵の士気を低下させずに、アメリカ軍の予想を上回る1ヶ月半も防衛した指揮は高く評価されている。
従来の島嶼防衛における水際作戦という基本方針を退け、長大かつ堅牢な地下陣地を構築したうえで、不用意な万歳突撃等による玉砕を厳禁し部下に徹底抗戦を指示した。
その結果、アメリカ軍の死傷者総数が日本軍守備隊のそれを上回るという成果を上げ、またM4シャーマン中戦車やLVT等を大量に撃破・擱坐させるといった物的損害を与えることにも成功し
のちにアメリカ軍幹部をして「勝者なき戦い」と評価せしめた。
そんな栗林大将の法要が地元長野県松代町で初めて行われたのが、硫黄島の玉砕から63回忌にあたる2008年だった
戦後からその時点まで、栗林大将は2万人の兵を死なせた悪人として見做され、供養すらできなかったという
米国人であるクリント・イーストウッド監督の映画のお陰で真実が広く日本人に知られるところとなったのは実に皮肉だ
つまり、日本人が戦後レジーム・東京裁判史観に生き、思考停止に陥る一方でイーストウッドは日本の真のヒーローを知り
その人物を映画で描くほどに惚れ込んだということだ
コメント
2014/01/02 19:28
3. >>1 雅志(は
きっと宇宙人)さん
あけましておめでとうございます
その栗林中将の法要が地元長野県松代町で初めて行われたのが硫黄島の玉砕から63回忌にあたる2008年
その時点まで栗林大将は2万人の兵を死なせた悪人として見做され、供養すらできなかったそうです
米国人であるイーストウッド監督の映画のお陰で真実が知られその名誉回復されるところとなったのは実に皮肉ですね
栗林中将から続く新藤大臣の気骨は真田譲りですね
返コメ
2014/01/02 19:01
1. そんな関係にあったのですね!
この参拝に、そんなメッセージがあったとは···
返コメ