ルーツ不明『背乗り朝鮮民族』の発生は、約650年前の14世紀中頃
60代前半  石川県
2014/03/15 13:59
ルーツ不明『背乗り朝鮮民族』の発生は、約650年前の14世紀中頃
そもそも


支那大陸の覇者に事大し


属国となり冊封政治に組み込まれ、その保護を受けなければ国や民族どころか

固定化された民衆すら存在し得なかった朝鮮半島についてですが




こんなやり取りがありました



Q:『あほな自分に御教授くださると嬉しいんだけど

今の半島人って、古代(百済等のまだ独自性がある文化があった時代)の半島人とは別種の生き物ですよね?

百済や新羅の文化を自分たちのものってツラして……どの時代あたりから今のモドキに入れ替わったんでしょうか?』



A:『それは、モンゴル帝国以降の“明”の時代かと思われます

モンゴル人による“元”の時代は民族大移動の時代であり

この時代以降の朝鮮半島に存在するには、支那大陸の覇者に事大し冊封政治に組み込まれなければ、国や民族どころか

固定化された民衆さえ存在し得ませんでした』







東アジアの地図を見れば分かるが


朝鮮半島の南北中間の緯度は富山県の辺りであり

北朝鮮は新潟県から北海道の函館の緯度に相当している



つまり、近代以前の時代の朝鮮半島とは南部を除き食料生産に適した地域ではなく

古代においては、支那大陸からの亡命移民や罪人等が流れ着く、地の果ての荒涼たる辺境に過ぎなかった



ともあれ、北アジアからの遊牧民が支那大陸に南下してきたときに朝鮮半島の北部地域はその勢力下に置かれる



この北アジアから北東アジアの遊牧民を代表する国家が金王朝、高句麗(扶余人)、元(モンゴル帝国)、清(女真族)だった






そして、遊牧民とは逆にあたる支那大陸南部の東シナ海沿岸から日本にかけて

大陸沿岸から海に面した、山東~朝鮮~九州を行き来する海洋民族が存在していた



それらの海洋民族が、いわゆる倭人と呼ばれる日本人の古いルーツの一つとされる人々だ



しかし、単純に倭人と総称される彼らが日本人となったわけではない

九州を起点に往来した人々は日本人になったが、大陸側の沿岸を往来する人々も居たからだ




そして、この倭人たちが朝鮮半島南部を拠点の一つとして開拓し

後に、朝鮮半島南部は日本を統一した大和朝廷の支配下に置かれることになる




大和朝廷の直轄領は任那日本府と呼ばれ、新羅の建国に深く日本人が関与しており

初期のオリジナル朝鮮王朝は倭人国家であった



百済は王子を日本に人質に出すなど完全な日本の植民地であり



663年に大和朝廷は、植民地・百済の要請により

朝鮮半島南部の白村江で唐・新羅連合軍と戦い

敗れたとされる




しかし

日本は1200年越しの日清戦争に勝利することで

1897年に朝鮮半島を“清”の冊封体制から解放し、半島の歴史上初めて国家として独立させている





いわゆる朝鮮半島の歴史とされるものは

日中に現存する揺るぎない古代からの史書や史跡などから

朝鮮半島の支配者層や王朝に至るまでの歴史とは、倭人や日本人、扶余人、漢人等の半島以外から来た異民族の歴史であり


朝鮮半島に存在してきた民衆とは、主に支那大陸などから陸伝いに流入した雑多な流民により構成され




遂に朝鮮半島には民族国家が存在したことは無かった





大和朝廷が撤退した後の朝鮮半島だが

支那大陸の覇者“明”の冊封を受けるまでは、易姓革命による覇者が交代する度に侵略や略奪を受け

異民族による民族浄化の洗礼を受け続けている




つまり、朝鮮半島は


1368年の“明”建国により

モンゴル高原に“元”が引き上げたことを契機にした“明”による積極的な冊封体制構築に対し、朝鮮支配層の事大成功により

ようやく“明”の冊封国としてその保護を受ける



そしてこの時

後の“清”に続く冊封政治が図られ、朝鮮半島全体が中華・華夷・儒教思想にどっぷり浸かり

680年後の今に至るまで、性根の底まで腐る程に縛られる



とはいえ

確かに性根まで腐ったが



それまでの男子は皆殺しにされ、総入れ替えを繰り返され

女子はレイプされ異民族との混血によって上書きされてきたわけで…



ようやく“明”の冊封国としての保護を受けられたことは、朝鮮の歴史上で初めて半島外の異民族の血が流れ込みが無くなることになり

たまたまこの時

朝鮮半島に存在していた雑多な民衆が、民族固定化のベースとなる






故に

今の朝鮮民族が誕生したのは14世紀中頃からと考えるのが妥当だろう





道理で、周辺諸国に対する異常な攻撃性をはじめ

民族としての確固たるアイデンティティーが存在しないわけだ…






そして

まだこの時は、地勢学的にも、過去の異民族の移動の経緯からみても

ルーツとなる各異民族のDNAの構成が朝鮮半島の各地域により異っていたと思われる


しかし、支那大陸の支配層が誰であるかにより

朝鮮の階層で上位に留まるか下位に蹴落とされるかの振るい分けが延々と行われ


世界でも希に見る悲惨な差別階級が誕生する

その結果

民族の核となる存在が無いまま内部抗争(競争)に明け暮れ民族内で淘汰され

朝鮮民族には画一的で異常なDNAで形成される







彼らは科学的で明確なルーツ解明をしたくないようだが



一説によると

全方位から蹂躙され続けてきた経緯と、民族内の淘汰等からDNAに偏りや異常が見られ



形質的な部分は、ワイ族やモンゴル族に近いようであり

文化的にはエベンキ族と、支那人(儒教・中華・華夷思想)の特徴が強く現れているとされるようだ



また

地政学の初歩にあるように、現代に至るまで半島とはシーパワーとランドパワーの衝突点であるために

常に分断と紛争に曝され、それゆえに統一勢力を形成し難いとあるが




まさに

悲願とする「朝鮮統一」が周辺国の思惑の下にしか求められないのは


朝鮮半島が好例だろう
コメントする

…━…━…━…

無料会員登録はコチラ

…━…━…━…