昨日の日記捕捉
〔参 考〕
昨日の日記、 “【日の丸】日本とバングラデシュとパラオの絆‐「日本に魅せられ、国旗デザインを取り入れた」 ”の参考です
ちなみに、パラオのこの話を日記に載せるのは三度目ぐらいになります f(^ー^;
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■ ペリリュー島のサクラと神社
遠い南の島に、日本の歌を歌う老人がいた。
「あそこでみんな死んでいったんだ・・・」
沖に浮かぶ島を指差しながら、老人はつぶやいた。
大東亜戦争のとき、その島には日本軍が進駐し陣地が作られた。
老人は村の若者達と共にその作業に参加した。
日本兵とは仲良くなって、日本の歌を一緒に歌ったりしたという。
やがて戦況は日本に不利となり、いつ米軍が上陸してもおかしくない状況になった。
仲間達と話し合った彼は代表数人と共に日本の守備隊長のもとを訪れた。自分達も一緒に戦わせて欲しい、と。
それを聞くなり隊長は激高し叫んだという
「帝国軍人が、貴様ら土人と一緒に戦えるか!」
日本人は仲間だと思っていたのに…みせかけだったのか
裏切られた想いで、みな悔し涙を流した…
船に乗って島を去る日 日本兵は誰一人見送りに来ない。
村の若者達は、悄然と船に乗り込んだ。
しかし船が島を離れた瞬間、日本兵全員が浜に走り出てきた。
そして一緒に歌った日本の歌を歌いながら、手を振って彼らを見送った。
先頭には笑顔で手を振るあの隊長が。その瞬間、彼は悟ったという。
あの言葉は、自分達を救うためのものだったのだと・・・。
『サクラサクラ―ベリリュー島洞窟戦』(超☆人) 船坂弘著 (1967年)より
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厳密に言うと、パラオは 「東南アジア」 ではなくオセアニアに分類されますが、東南アジアも歴史的な背景は概ね同です。
だから、「ASEAN旗」 も、日の丸に由来している(影響を受けている)と言われています。
コメント
2014/05/30 13:21
1. 何度読んでも良い話です。
返コメ