いかにも日本的だと思われている『同調圧力』
日本社会は 「出る杭は打たれる」 とされ、 皆が同じ行動を取るように強制する〝同調圧力〟が強いと言われる。
そして、 その〝同調圧力〟は昔から存在する日本の伝統であるかのように考える人は多い。
その〝同調圧力〟は戦中の大政翼賛運動に起源するもので、 その歴史は古いと言えない。
戦前は 「普通の人」 であったり 「普通の子」 という考えが成り立ち得なかった。
身分も違えば、 考え方も価値観もバラバラであり、 差別はダメだという意識すらなかったからだ。
そんな状況下では 「普通」 の規範がなく、 〝同調圧力〟も発生しようがなかった。
しかし、 戦中に状況が一変する。
日本国内は〝軍国主義〟が強まり、 国家危急の時に反抗するものは 「非国民」 と罵られ、 同調することを強く求められた。
おそらく、 これが日本の歴史上で初めて全国民的に〝同調圧力〟がかけられた時だろう。
この時〝同調圧力〟は、 真面目な優等生が率先した。
森毅の 「イイカゲンが面白い」 によると、 〝軍国主義〟に染まったのは、 決して好戦的であったり酷薄非情な人間ではなく、 模範とされるような真面目な人たちだったとされる。
当時の〝軍国主義〟に染まらなかったのは不良だった。
だからこそ〝同調圧力〟は強力だった。
ではなぜ、 真面目で模範的な優等生の 「よい子」 が率先して軍国少年になったのか?
なぜ、 当時の日本人は〝軍国主義〟一色に染まったのか?
なぜ、 人は明らかに間違っている方向になびいてしまうのか?
それには、 軍国主義に人々を吸い寄せ魅了するものがあった。
それは 「格差解消」 だ。
当時の日本には格差に対する怒りが渦巻いていた。
東北の大飢饉をはじめ、 情け容赦なく取り立てられる小作料、 田畑を奪われるか娘を身売りするかを迫られる貧農たち。
そして、 取り立てた小作料で都会の華美な生活を楽しむ不在地主や、 彼ら裕福な資産家に支えられ料亭で過剰な接待を受けるだけで何もしない無能な政治家たち。
庶民は格差に憤慨していた。
だから、 青年将校たちが政治家たちを暗殺したテロリズムを庶民は歓迎した。
戦争は、 たとえ富裕層であっても配給される食料だけでやりくりしなければならず、 軍国主義を応援しないものは 「非国民」 となった。
〝軍国主義〟の精神が国民の格差を縮小すると思われたからだ。
いわば〝軍国主義〟は 「精神的共産主義」 であった。
たとえ富裕層であろうと 「非国民」 と呼ばれることを恐れなければならなくなった日本では、 「精神的共産主義」 が歴史上初めて全ての日本国民に〝同調圧力〟をもたらした。
「国家危急存亡の時」 というストーリーが上流階級を攻撃する手段となりうるということだ。
このことは当時の人達にとって魅力的だった。
そして、 この現象は文化大革命の時の紅衛兵や、 現在の特亜に非常によく似ている。
紅衛兵となった少年たちは、 毛沢東の言葉を暗記しさえすれば鼻を高くした知識人や高級官僚たちを辱めることができた。
特亜は、 反日の〝同調圧力〟によって辛うじて自国民の反発を逸らし、 国家そのものの崩壊を防いでいる。
戦争当時の日本でも、 軍国少年であればあるほど正義を振りかざすことができ、 「正義」 という〝同調圧力〟をかけることができたのだ。
この〝同調圧力〟は、戦後の農地解放や高度経済成長などのおかげで、 実際に格差が解消される過程で強化され、 それはバブルで頂点に達する。
国民の多くが財テクに熱中し、 金に奔走する〝浮かれた同調圧力〟は、 バブルで最高潮に達し、 バブル崩壊とともに衰退した。
〝同調圧力〟は決して日本古来の伝統などではない。
むしろ、 ほんの最近覚えたての悪い癖だ。
蝗(バッタ)の幼虫は、 低い密度で生息するときには“孤独相”という単独生活を送る普通の成虫になる。
しかし、 非常に高い密度で生息する幼虫は“群生相”という、 集団で行動する異形の飛蝗に成長するという特徴がある。
そして、“群生相”となった飛蝗は周囲に致命的な災禍を引き起こす。
今後も日本国内の格差が拡大するようなら、〝同調圧力〟をかけることで上流階級を一気に引き下ろそうとする動きが強まるかもしれない。
「精神的共産主義」 が日本国民に高密度に台頭し、 日本人が一気に“群生相”に変化する可能性もある。
日本では〝同調圧力〟を敏感に感じたマスコミ・メディア・報道機関は、 必要以上に声が大きくなる。
そして、これらの機関は日本人のあまりにも他人を信じすぎる気質を利用して世論を誘導してきた。
だが、 マスコミはもう日本人を〝同調圧力〟で誘導できなくなってきている。
ようやく、 〝同調圧力〟を解消し、 どうすればかつての日本のように戻れるか、 考えていくべき時期が来たのかもしれない。