本能寺の変
14.06.23
「本能寺」 直前の書状発見=長宗我部、光秀家臣に‐岡山
時事通信
織田信長が明智光秀に討たれた1582年の 「本能寺の変」 の直前、 四国の戦国武将・長宗我部元親が光秀の家臣で親戚関係にあった斎藤利三とやりとりした書状が見つかった。
林原美術館(岡山市)と岡山県立博物館(同市)が23日に発表、 本能寺の変をめぐっては、 信長の仕打ちに光秀が恨みを抱いていたとする 「怨恨 (えんこん) 説」 のほか、 四国出兵をめぐる意見対立が原因だったとする 「四国説」 などがある。
内池主幹は 「光秀は四国出兵を止めるよう家臣から求められていたと推測され、 四国説が有力になったのではないか」 と話している。
コメント
2014/06/24 19:27
1. 歴史のロマンですね♪
真相を知るのは光秀のみと言うことでしょうね…
返コメ