小野田寛郎氏が生前 「慰安所と慰安婦」 について語った記録【1】
60代前半  石川県
2014/07/27 5:23
小野田寛郎氏が生前 「慰安所と慰安婦」 について語った記録【1】
「産経新聞」 が一連の慰安婦スクープ報道で明らかにしたこと。


河野談話の基となった元・慰安婦を自称する16人とは、「継父から『女衒に売られた』人」 や 「なぜか『慰安所の無かった地域』で性奴隷にされた」 などと胡散臭い主張をする、素性の不確かな人たちばかりであった。

しかも、その証言は辻褄が合わないものばかりであり、証言の度に内容が変わるというあきれたものだ…




パククネは慰安婦の 「強制連行」 や 「性奴隷」 などは事実ではないとする日本側の主張に対し、 「年老いた生き証人」 がいるなどと反論する。

そして、その辻褄の合わない聞く度に二転三転するような証言が、日本軍の 「強制連行」 「性奴隷」 が真実である証拠だとする。



しかし!これまでに日本軍の 「強制連行」 「性奴隷」 に対する物的証拠は一切出ていない!

パククネをはじめ韓国側は、物的証拠が無いからこそ素性も不確かな 「自称慰安婦とやら」 の胡散臭い証言を用いることで焦点をずらそうとする。


ならば日本側は、慰安婦の実態を知っている確かな素性の人たちの情報を出すべきだと思う。




胡散臭い 「自称慰安婦とやら」 による辻褄の合わない証言と対極にある日本人が書いた文章は数多くある。



韓国が、自称慰安婦による証言を問題の証拠とするのなら

日本人は、素性の確かな元大日本帝国軍人による体験談と証言に一度耳を傾けてみるべきだろう。





例えば

この方の体験談や書かれた文章などは、胡散臭い自称慰安婦による辻褄の合わない二転三転した証言とは明らかに違う。



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■ 小野田寛郎‐Wikipediaより抜粋

 帰国の際に 「天皇陛下万歳」 を叫んだ事や現地軍との銃撃戦によって多数の軍人や住民が死傷した出来事が明らかになった事(フィリピン政府当局の判断により、小野田への訴追は行われなかった)、また本当に敗戦を知らなかったのかという疑問が高まるに連れて、マスコミや文化人からは 「軍人精神の権化」、 「軍国主義の亡霊」 といった批判もあった。

 小野田に対し、政府は見舞金として100万円を贈呈するが、小野田は拒否する。拒否するも見舞金を渡されたので、小野田は見舞金と方々から寄せられた義援金の全てを、靖国神社に寄付している。

 天皇との会見も断り(自身が勝手に潜伏していたので、陛下は声の掛け様が無いだろうと判断)、小野田は戦闘で亡くなった島田と小塚の墓を参っている。

 保守系の活動家でもあり、日本を守る国民会議、日本会議代表委員等を歴任。社団法人日本緑十字社理事にも就任した。

 慰安婦問題の真偽に対しては日本の責任を否定する立場であり、2007年7月13日に米国大使館に手渡された"米下院121号決議"全面撤回を求めるチャンネル桜主導の抗議書には夫婦そろって賛同している。

 また、政府見解と異なる懸賞論文を投稿したとして更迭された、田母神俊雄元航空幕僚長を支持する 「田母神論文と自衛官の名誉を考える会」 には、発起人として妻と共に名を連ねている。

 2009年5月15日には、 「小野田寛郎の日本への遺言」 と題した講演を2時間に渡って行った。


 その後も講演活動を続けていたが、 2014年1月16日に東京で死去した。


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小野田寛郎という人物は〝サヨク〟ではなく漢字で書かれた〝左翼〟にとって非常に邪魔な存在であった。

彼は間違いなく日本の戦中世代の英雄であり、媚ない正論と戦争の実体験の語り部であった。





小野田さんはブラジルに渡られ、最初こそ苦労されたが、後に牧場で大成功して政府から表彰を受けている。

しかし、小野田さんがブラジルに渡ることになったきっかけは、“傍若無人で偏った日本のマスコミ”による虚偽報道だったという。



どのような国にあっても称えられ、英雄とされるであろう個人に対し、偏った目で不当な扱いをするのは日本のマスコミだけだろう…







小野田さんが生前 「慰安所と慰安婦」 についてその実態を語った記事を紹介します。



■ 「正論」 一月号より (2005年・平成17年)


 首相の靖国神社参拝や従軍慰安婦の問題は、全く理由のない他国からの言いがかりで、多くの方々が論じているところだ。

南京大虐殺と同様多言を弄することもあるまいと感じていたのだが、未だに妄言・暴言が消え去らない馬鹿さ加減に呆れている。

戦後六十年、大東亜戦争に出征し戦場に生きた者たちが少なくなりつつある現今、私は証言として、 「慰安婦」 は完全な 「商行為」 であったことを書き残そうと考えた。


 外地に出動して駐屯する部隊にとって、治安維持と宣撫工作上最も障害になる問題は、兵士による強姦と略奪・放火である。

そのためにどこの国もそれなりの対策を講じていることは周知の通りである。

大東亜戦争時、戦場には 「慰安婦」 は確かに存在した。

当時は公娼が認められている時代だったのだから至極当然である。


 野戦に出征した将兵でなくとも、一般に誰でも 「従軍看護婦」 と言う言葉は常識として知っていたが、 「従軍慰安婦」 と言う言葉は聞いた者も、また、使った者もいまい。

それは日本を貶める為に後日作った造語であることは確かだ。


 淫らな言葉だが、中国戦線では 「ツンコ・ピー」 「チョウセン・ピー」 と呼んでいた筈であるが、他の人の見ている所でする筈のないことだけに、 「慰安所」 のことも 「慰安婦」 のことも、公の場で自己の見聞を正確に発表する人が少ない。

あまり詳しいと 「よく知ってるね」 と冷笑されるのが落ちだろう。


 では何故、君は、と私に聞かれるだろうが、幸い私はその実態を外から観察出来る立場にあったから、何も臆することなく、世の誤解を解くために発表することが出来るのだ。




【2】に続く
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