朝鮮通信使 @朝鮮は日本の犬となりて守護すべし
只今アレは〝世界ナンチャラ遺産に絶賛登録申請中〟なんだと(大笑)
そもそも朝鮮の語源とは?
= 宗主国シナから、 朝(貢ぎ物)鮮(少なし)国と呼称された伝統による。
歴史を書き換えてないで、 少しは真実を知っとけよってお話… (^.^)b
17世紀 江戸時代の日本
1615年から1622年にかけて長崎平戸でイギリス商館長を務めたリチャード・コックスが残した日記に興味深い記載がある。
その中に 「或る人々(庶民)は、 彼等(朝鮮通信使)が来たのは、 臣従の礼を表し且つ貢物を献上するためで、 もしそうしないと皇帝(将軍)は再び彼等(李氏朝鮮)に対して戦争をしかけたであろう、 と噂している」 とある。
(東京大学史料編纂所『日本関係海外史料 イギリス商館長日記』1617年8月30日)
つまり
江戸時代の庶民たちは、 江戸城に裏口からしか入城を許されない〝朝鮮通信使(鶏泥棒)〟のことを、 徳川幕府に対して臣従の礼を表し且つ貢物を献上するための朝貢使であると認識していたことの証拠になる。
その背景にあるのは…
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少なくとも平安から鎌倉時代以降、 日本には朝鮮を 「日本の犬」 であるとする考え方が存在していたことがあげられる。
13世紀末に記されたとされる『八幡愚童訓』に収録されている、 「八幡宮御縁起」 という話がある。
ここに、 神功皇后が朝鮮征伐を行った際 「新羅の王が降伏するとき、『我ら日本国の犬となり、 日本を守護いたします』と誓った」 という記述がある。
また室町幕府6代将軍、 足利義教が誉田八幡宮に奉納した『神功皇后縁起絵巻』にも、 新羅・百済・高句麗の国王大臣が 「我等日本の犬となりて守護すべし」 と誓ったという同様の記載がある。
明治時代に幼少期を過ごした和辻哲郎は『尊皇思想とその伝統』の中で 「八幡宮御縁起」 について、 「この物語にある『新羅国の大王は日本の犬なり』という言葉が、 我々の幼少の頃に母親の口から聞かされた言葉であることなどによっても知られる」 と述べている。
こうれらのことから 「朝鮮は日本の犬」 とする考え方は特異なものではなく、 平安から明治にかけた日本人の共通認識だったと言えるのではないだろうか。
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今も昔も韓国では犬は侮蔑の象徴だそうだ。
それなのに日本人は、 庶民に至るまで 「朝鮮は日本の犬」 という認識だったw
「朝鮮は日本の犬」 なんて言葉を今の韓国人が聞いたら、 それだけで怒りの火病の発作を起こすことは間違いないw
「13世紀末に書かれたことなんて信用ならない!」 と捏造史を喚き出しそうだww
(^皿^) でも、そういう韓国人は 「檀君神話」 を信じてるんじゃないの?
確かアレは〝神様と熊の間〟に生まれたナニが朝鮮の始祖なんだってね?
ん?
お母さんが熊?
へ―――(棒)
すご―――い(棒)
時代は下り
18世紀中旬の1764年に11次朝鮮通信使として来日した金仁謙が書いた『日東壮遊歌』がある。
そこには、 日本の文化に驚嘆し圧倒されている様子が描かれている。
wwwwwwwwwwwwww
1月10日 兵庫 → 大阪城
前略
河口に近づいてみると、 ここからは水深が浅いためわれわれの船での航行は困難とのことで、 倭の11隻の金の楼船(屋形船)が、 命を受けて迎えに来ていた。
その金の楼船の造りといえば、 内も外も漆塗りで、影が映えるほど輝いており、 金泥を擁してきらびやかに竜と鳳のほか、 駱駝と孔雀などを描いている。
その豪華絢爛、 万古に例を見ない見事さである。
各船ニ層の楼閣(重層の建物)をつくり、 腕利きの職人が多種多様の窓格子を黄金で巧みに彫り刻み、 箪笥のように仕上げている。
色とりどりの幅広い緞子(精妙な織物)を、 何枚もつなぎあわせ、幔幕(横に長い幕)を作り、 山吹色や真紅の糸、 さらに浅黄の毛織物で腕程の紐を編み、 船のへりに巻きつけ、 残りは四面に垂らしている。
中略
流れの両側には人家が軒をつらね、 漆喰塗の広い塀に鰻の背のような大きい家を、 金や紅で巧みに飾り立てているが、 三神山(仙人が住む山)の金闕銀台(宮殿)とは、 まことこの地のことであろう。
中略
上陸の要請を受け、 三使のお供をして本願寺に向かう。 道の両側には人家や塀や軒をつらね、 その賑いの程はわが国のしゅう路(ソウルの繁華街)の万倍も上である。
館所に入る。 建物は宏壮雄大、 わが国の宮殿よりも大きく高く豪奢である。
後略
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当時の李氏朝鮮の知識階級ですら、 これほどまでに日本の発展した文化に驚嘆している…
それなのに
なぜか時代が下った韓国は文化を日本に伝えたなどと一方的な妄想を言い張る。
せっかく金仁謙がちゃんとした立派な記録を残しているのに、 韓国では研究もしていないのだろうか?
┐(-。ー;)┌ 自分たちの腐った自尊心を満足させる現代韓国の作文のような内容じゃないと駄目なのかね?
あ!
そういえば、 漢字捨ててウン十年も経ってるから、 専門の研究者さえ僅かに残る歴史文献が読めないんだったわww
有名処ではこんな記録もあるw
◎ 1428年にも朝鮮使節団が日本に来て、 その時に彼等は日本の水車を学ぼうとしたそうだ。
しかし、 400年たっても日本の水車を作ることができなかったんだとか…
しかも
日韓併合(日朝併合だろw)で日本の技術が入るまで、 平屋しか建てられなかったそうだ。
素直に日本から沢山の技術や文化を教えてもらったと認めれば楽になるのにw
では
今も通じるものとは?
元の時代の高麗では、 日本の扇子のコピー品を作り10分の1の値段で宗主国のシナに売りつけていたという。
他所から技術と文化をパクり、 パクり元の技術を劣化させる歴史が長いことだけは確かに凄い!
工夫しないところがまた凄い!!
もし
朝鮮通信使の歴史に接するような目にあっても、 決して韓国側の言う内容を信じないようにしてください。
なぜなら韓国の言う歴史とは
中身が願望のファンタジーなのですから。