朝鮮通信使 @the鶏泥棒w/汚物まみれの特命
60代前半  石川県
2014/09/05 16:22
朝鮮通信使 @the鶏泥棒w/汚物まみれの特命
徳川幕府は、 朝鮮通信使を正式な外交使節として見なしていなかった。


庶民は、 朝鮮通信使を朝鮮から貢ぎ物を持ってやって来た珍しい見せ物として扱っていた。





通信使は対馬を経由して長崎に到着し、 隊列を組んで江戸までやって来る。

その道中を、 庶民が珍獣を見る様に見物している図が残る。



それを見ると、 町民たちは往来で立見見物、 通り沿いの商家では屋根や二階から見物している様子が伺える。




当時の日本人が朝鮮を 「日本の犬」 と呼び、 如何に蔑んで見ていたか様子がよく分かる。

また、 そのことを幕府が許していたことも分かる。




なにせ

この通信使たちは、 江戸城に入る際に表門ではなく裏の通用門からしか入城を許されなかった。



その事実を通信使たちは朝鮮本国に帰っても伝えず。

いかにも自分たちが礼を持って歓待されたかのように伝えている。




また

通信使たちの道中は非常に柄が悪かった。

たとえば、 鶏を盗んで庶民と直接喧嘩をしたり、 窃盗や食い逃げをしたことなどが伝えられている。


うち、 鶏泥棒や庶民との喧嘩のエピソードは有名な画になって残っているw







古代より日本では


官は民のためにあるというのが 「官民双方の常識」 だった。

官が民の所有物の鶏などを勝手に盗むということは、 まず考えられないことだ。



しかし、 それはあくまで 「日本の常識」 であって、 「朝鮮の常識」 ではない。



朝鮮ではこうなる。

明治初期、 日中韓を旅行した英国人女性イザベラ・バードの朝鮮紀行に紹介されている。


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彼らは、 たいがい内気で、 わたしたちの姿が目に入るとあわてて鶏をひっつかんで隠してしまう。

伝統上、 両班に求められるのは究極の無能さ加減である。

従者たちは近くの住民たちを脅して飼っている鶏や卵を奪い、 金を払わない。

(イザベラ・バード 「朝鮮紀行」)

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要するに 1392年から1910年まで500年続いた李氏朝鮮では、 支配階級である官(両班)が、 民(平民・賤民)から鶏や卵を勝手に奪うことは 「当然の権利」 だったということだ。



つまり

日本では 「官は民のため」 にあることが常識だが。

朝鮮では 「民は官のため」 にあるということだ。



上下関係が何よりも優先し、 上に立つ者は下のものをどれだけ犠牲にし踏みつけても構わない!

それが朝鮮では当たり前。


朝鮮流儒教による思考であり、 あの地域の常識。




あの地域のこの傾向は、 今でも続く。


日本では子供に 「思いやりのある立派な大人になれ」 と教えられてきた。

だが、 あの地域は 「とにかく人の上に立て」 と教える。



日本とあの地域では、 民族の根底にある 「常識」 が完全に180度異なることが分かる。




同じくイザベラ・バードの朝鮮紀行には、 次のこんな一節もある。


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高級官僚や両班はお付きの行列を連れ、 行政官の屋敷に泊まり、 贅沢な食事をとる。

快適とはほど遠い宿屋に泊まり、 村の食べ物をとらなければならないはめに追いこまれたとしても、 すべて最上のものが選ばれ、 それに対して代金は支払われない。

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民がそれにより飢え死にするようなことがあったとしても、 朝鮮の官僚は我関せず、 自分さえその場で贅沢ができればそれで良いと考える。

日本人にはあり得ない感性だ。







そんな朝鮮官僚の中から〝選りすぐりの人間の屑〟どもが通信使として日本にやって来た。




案の定

宿泊施設の旅館では、 部屋にある布団から、 花瓶や食器、 床の間に飾られていた掛け軸までが盗まれた。

朝鮮通信使が去った後の部屋は、 まさに 「引っ越した後の空き家」 状態になったという。



風呂に入る習慣はなく、 臭い。


厠で用を足さず道端で用を足す…朝鮮人が靴を履くのは、 朝鮮の路上で糞尿を避けるためだ。





このことは、 何も大昔のことではない…

昨今の対馬がまさにそうだと聞く…






そして、 朝鮮王から与えられた通信使本来の目的。


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☆日本の技術を学んで帰った朝鮮の日本通信使 -『日韓・歴史克服への道』 下條正男著
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 日本を訪れた通信使たちは、 日本でなにを見、 いかに感じて帰国していたのであろうか。

室町時代前期の1429年、 日本にきた朴端生は、 次のように復命していた。

それによると 「日本の農人水車の設けあり」 として、 学生の金慎に 「造車の法」 を精査させて模型を作り、 鍍銀(銀めっき)、 造紙(紙漉)、 朱紅、 軽粉等の製造法を報告している。

この時の復命では、 日本の貨幣経済の実態や店舗商業の発展等にも及んだが、 その中で技術に言及していたのは、 渡航前に世宗から 「倭紙堅靱、 造作の法また宜しく伝習すべし」と、 日本の技術を導入するよう命じられていたからである。

(李朝『世宗実録』10年の記録)

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朝鮮通信使←→鶏・他多数泥棒

朝鮮通信使←→パクリ+スパイ



水車ができなかったニダ!

もう一度パクってくるニダ!

今も昔も変わらないあの地域の真理がある。


仏像返せ泥棒!



韓国窃盗団←→仏像・他多数泥棒

韓国企業団←→パクリ・スパイ




この連中に対処した幕府に

徳川6代将軍 家宣の時代に将軍侍講として5代将軍 綱吉の悪政部分を廃し、 「正徳の治」 と言われる政治改革を行った新井白石がいた。



この新井白石が朝鮮通信使を無駄だと切り捨て、 応接費用の大幅削減を建白した時の建白書の中の一文がある。

※江戸時代を代表する学者である白石が、 朝鮮人を看破していたことよく表す文書だ。


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◆原文

 夫朝鮮 狡黠多詐 利之所在 不顧信義 蓋貊?之俗 天性固然

(新井白石 「国書復号紀事」 )

◆読み下し

 それ朝鮮 狡点多詐 利のある所 信義を顧みず けだし 貊の俗 天性固く然り

◆現代語訳

 朝鮮人は狡くて人を欺く事が多く、利があると思えば信義などは顧みない。

それが貊族土人の天性である。

※鮮人はゆうろう、 もっきつ、 まっかつ。

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ここで出てくる貊族というのは扶余の前身とされる民族で朝鮮人による偽称であり、 現代のなりすまし・背乗りと似たようなもの。

新井白石が時代を超越し、 朝鮮人を冷静に看破した慧眼には感動すら覚えた。
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