日本人がどのような民族であったか、現代人はゆっくりと思い出しつつある。
戦後から70年に及ぶ長い時間をかけられ、日本人が戦闘民族だったルーツは消し去られてきた。
今では、正当防衛でも暴力はいけないとか≒国を守るための軍隊ですらも反対だとか。
そんな奇妙な主張をする人間たちが言論界を占めるようになってしまった。
たとえ言いがかりでも、嘘や捏造であっても、支那や韓国が怒っていれば謝罪して賠償すべきだとか。
支那や韓国からは黙って侵略されるべきだとか、そんなトンデモ主張すらも新聞の社説で展開される時代にある。
特亜側から日本人の多くは、 「何をしても泣き寝入り」 「根拠がなくても謝罪と賠償をする」 「強く言えば簡単に折れる」 と見なされているからだ。
かつて
日本人は非常に組織だった民族であり、一つの美学を持ち、気高く、誇り高い精神性を持ち合わせた戦闘民族だった…
中でも
侍は単なる戦闘集団ではなく、戦いの本質を追究し、無用な戦いを避けるために『礼儀』を発展させ、独特の『道』を追及する『思想集団』でもあった。
日本人が持つ『一つの道を究める姿勢』はもちろん。
災害に遭遇した際に見せる『忍耐強さ』や、『民度の高さ≒礼儀正しさ』も、その名残りだと思う。
一旦戦いが始まり、戦闘に負ければ己の死しかないから、戦闘民族は死なないために『道を究める』のが当たり前だった。
無用な戦いは無用な死を招く、それを避けるためにも礼儀正しくあるのが当たり前の行為だった。
日本人が忍耐強くなったのは、武士はもちろん、農民や老若男女関係なく犠牲を生んだ戦国時代のような人災や、大飢饉などの天災などの無情を経験したからだろう。
しかし
戦後の教育界に、日本民族の築き上げた誇りを消し去る人間たちが飛蝗の如く飛来し入り込み学校を支配し、日本人の子供たちから気骨を抜き去り、軟弱になるように教育していった。
結果的に、長い時間をかけて日本人が戦闘民族だったルーツは消し去られていった。
教育とマスメディアにより
現代の日本人は、朝から晩まで 「日本人は優しい」 「日本人は草食」 「日本人は誰もが軟弱」 などと情報操作され、朝から晩まで洗脳に次ぐ洗脳を繰り返される。
洗脳が解けそうな人間がいれば、途端に激しいバッシングを浴びせ、誹謗中傷と批判で社会的抹殺を計ってきた。
日本人に少しでも戦闘民族とし目覚めるような兆しが生まれたら、〝帰化系政治家や左翼政党〟はもちろん。
自称クオリティペーパー朝曰新聞や日教組は、みんな病を発火する。
今、日本人は少しずつ目が覚めてきている。
ネットの普及によりマスコミが信用されなくなり、自称・有識者が歪曲・捏造・嘘八百の歴史や思考を日本人に押しつけていることが暴露されてきたからだ。
マスコミが 「日本人は草食だ」 と朝から晩まで洗脳しようと、もう効き目がなくなった。
そして、もうすぐ完全に通用しなくなる。
日本人は長い眠りから目が覚めつつあるのだ。
日本人のルーツである戦闘民族としての血が目を覚ますと、今まで日本人を貶めてきた人間たちはそれなりの覚悟が必要になる。
日本人を貶める行為に対する違和感から始まり、激烈な憤怒の情を感じている人がたくさん存在するからだ。
『礼儀』も『忍耐』も『道』も皆無であり、好き勝手に日本を貶めていた人間たちは、まず助からない。
時間の問題だ。