伝説のレスラー vol.90/バディ・オースチン
オールドタイマー編シーズン1
6回目の今回は
「狂犬」バディ"キラー"オースチンの登場です。
アメリカ海軍を経て1956年プロレス入り。
試合中にドリルアホール・パイルドライバーで2人死亡させているという説と、実は誰も殺してはいないという説の2通りの説がある。
デビュー間もない頃は「フランシス・ガボール」のリングネームでジョン・ガボール(フリッツ・フォン・ゲーリング)とのガボールブラザーズとしてオハイオ州で活動していた。
チーム解散後に「バディ・オースチン」に改名。
フロリダを経て、カンザスやミズーリ等の中西部地区に参戦。
ターザン・タイラーとNWAセントラルステーツヘビー級王座を争った。
62年に日本プロレスの第4回ワールドリーグ戦に初来日。
そのまま残留し、次期シリーズではマイク・シャープとのコンビで力道山&豊 登組からアジアタッグを奪っている。
63年にニューヨークのWWWFに登場。
WWWFでベビーフェイスとして活動。
スカル・マーフィーやブルート・バーナード等と抗争した。
60年代後半からロサンゼルスのWWAを主戦場にしヒールとして活動。
ペドロ・モラレス、ボボ・ブラジル、アイアン・マイク・デビアスをそれぞれ下し、WWA世界ヘビー級王座に3度戴冠している。
タッグでもフレッド・ブラッシーとのコンビでWWA世界タッグ王座を獲得している。
WWA崩壊後はハワイやオーストラリアを転戦。
オーストラリアではギャングに絡まれ、腹部に22口径を撃ち込まれ5ヶ月間欠場している。
70年代初頭に古巣の中西部地区に戻りボブ・オートンとのコンビでNWA北米タッグ王座を獲得。
71年に日本プロレスの第2回NWAタッグリーグ戦にキラー・コワルスキーとのコンビで参戦。
猪木・坂口組と決勝を争った。
72年の国際プロレスへの来日が最後の来日となった。
引退後は牧師として活動。
81年に食道ガンのため死去。
48歳の若さであった。
1933年2月27日
カリフォルニア州サンフランシスコ出身。
1981年8月12日没
本名 オースティン・ウェズリー・ロジャーズ
T 188cm W 118kg
得意技
・ドリルアホールパイルドライバー
・スライディングレッグシザース
・フライングニードロップ
・リバースアトミックドロップ
コメント
2011/02/02 0:14
2. >ハヤブサさん
ハヤブサはまだ車イス生活なんでしょうか?
噂では松葉杖があれば歩けるまでに回復してると聞きました。
もしそれが本当なら素晴らしいことですよね
返コメ
2011/02/01 23:48
1. プロレスマニアにとって、興味ある日記です!
わたしのハンネは、言わずと知れたレスラーから取りましたよ。
返コメ