伝説のレスラー 番外編 プロレスラー総選挙 外国人編 「サ行」の選手16
伝説のレスラー 番外編
引き続きプロレスラー総選挙 外国人編
36回目も「サ行」の選手です。
それではワタクシが選んだ
選手の発表で~す(-o-)/
◇エントリーナンバー1
◆スティング
大学卒業後、筋肉マンの聖地
「ゴールドジム」に入会。
そこでインストラクターをしていたジム・ヘルウィグ(後のアルティメット・ウォーリアー)と意気投合しプロレス入り。
フリーダム・フォースを結成してコンビでデビュー。
翌年にはコンビ名をブレード・ランナーズに改名しヒールに転向した。
ブレード・ランナーズ解散後は、シングルで活動。
運動量の多い、迫力あるレスリングスタイルでNWAマットでは若きトップスターとして、金髪を逆立てカラフルなコスチュームと派手なフェイスペイントで人気を博した。
初来日は全日本プロレス。
2年後には新日本プロレスに来日。
新日本プロレスとWCWの提携関係が強固だった90年代にしばしば来日したが、その大半がワンマッチのみの参戦という破格の待遇にスーパースターぶりが現れている。
WCW世界ヘビー級王座に就くこと6度。
WCW崩壊後もWWF移籍を選ばず独自の道を歩いた。
WWF(現WWE)に参戦経験を持たないアメリカマット最後の大物と言われていた。
身長 192センチ ◇体重 125キロ
◇得意技 スコーピオンデスロック
◆昭和60年デビュー
お次はこの選手(^o^)/
◇エントリーナンバー2
◆スパイク・ヒューバー
ディック・ザ・ブルーザーの主宰するシカゴのWWAでデビュー。
ブルーザーが後継者と目をかけ「生傷男二世」として日本でも早くから注目されていた。
ブルーザーの娘婿としても有名。
初来日は国際プロレス。
気の強さがモロに出た活きの良いファイトで評判を呼んだ。
しかし、若かったし狂乱型ラフファイターではなかったから、木村とはスイングせずに終わっている。
せめて阿修羅原か、アニマル浜口と絡みがあれば、持ち味をもっと生かせたのかもしれないと思うと残念でならない。
新日本プロレスに登場し、藤波や長州と対戦しても良かったかも。
引退後はアスレチックトレーナーを経て、ボディビルダーとしても活動している。
◆身長 183センチ ◇体重 108キロ
◇得意技 リバースバックスラム
◆昭和50年デビュー
3人目はこの選手だっ(-o-)/
◇エントリーナンバー3
◆スーパースター・ビリー・グラハム
鎧のような筋肉を身につけ、圧倒的な怪力殺法でヒールとして活躍。
マッチョ系レスラーの元祖的存在で、ハルク・ホーガンやジェシー・ベンチュラ、オースチン・アイドル、ランディ・サベージ、イメチェン後のスコットスタイナーなど彼のフォロワーは多い。
マネージャーのグラン・ウィザードと共に行なうマイクパフォーマンスがアメリカでは大いに受け、ヒールなのに彼のマイクを待っているファンは多かったという。
リック・フレアーもグラハムのマイクパフォーマンスを参考にしていたというエピソードは有名だ。
プロレス入り前は3つのプロフットボール球団に在籍。
カルガリーのスチュ・ハートの誘いでプロレスラーに転向。
翌年、ロス地区に入り、ジェリー・グラハムの弟ギミックでビリー・グラハムに変身した。
その後、AWAに転戦。
AWAマットとパイプのあった、国際プロレスに初来日している。
日本初の入場曲「ジーザス・クライスト・スーパースター」が館内に流れる中、颯爽と入場して来たマッチョマンにファンは驚きを隠せなかった。
翌年、WWWFに登場。
難攻不落の絶対王者、ブルーノ・サンマルチノを破り、第7代 WWWF世界ヘビー級王者となった。
ヒール王者としては異例の10ケ月もの間、MSGの帝王として君臨している。
アメリカでは評価の高いグラハムだが、日本ではマイクパフォーマンスが通じずイマイチ人気が出なかったのが残念で仕方ない。
◆身長 195センチ ◇体重 130キロ
◇得意技 カナディアンバックブリーカー
◆昭和44年デビュー
以上の3選手の中から
1人を選んで投票して下さい(^ー^)
最も得票の多かった選手が
ネクストステージへ進みます(^◇^)
それでは皆様の投票を
お待ちしておりま~す( ̄◇ ̄)ノ
※写真は左から
◇スティング
◇スパイク・ヒューバー
◇スーパースター・ビリー・グラハム
※「サ行」編15の結果は
つぶやきで発表してますので
そちらをご覧ください(゚▽゚)
コメント
2020/09/23 8:22
2. >>1 ケンさん
スティングと聞くと、ミュージシャンのスティングを思い浮かべる人のほうが多いでしょうね(^.^)
プロレスファンは違うけど(* ̄∇ ̄*)
スティング了解しました( ̄◇ ̄)ゞ
返コメ
2020/09/23 8:19
1. 断然スティング
これしかない️
返コメ