伝説のレスラー 番外編 プロレスラー総選挙      外国人編 「ハ行」の選手3
60代前半  埼玉県
2020/12/01 6:10
伝説のレスラー 番外編 プロレスラー総選挙      外国人編 「ハ行」の選手3

伝説のレスラー 番外編


引き続きプロレスラー総選挙 外国人編


56回目も「ハ行」の選手です。


それではワタクシが選んだ
選手の発表で~す(-o-)/



◇エントリーナンバー1

◆バッドニュース・アレン


AAUの柔道選手権では5度優勝。

パン・アメリカン王者となった翌年にモントリオール五輪で重量級の銅メダルを獲得。

柔道の輝かしい実績を引っ提げ、五輪の翌年に新日本プロレスに登場。

バッファロー・アレン・コージのリングネームで、坂口と柔道ジャケットマッチを行った。

敗れはしたが、3Rまではほぼ互角の展開を繰り広げている。


その後、ルスカとの柔道ジャケットマッチや、ストロング小林との異種格闘技戦を経て、バッドニュース・アレンに改名しプロレスラーとして本格デビューを果たしている。

新日で修業を積み、巡業も宿泊先も日本人サイドで一緒に回っていたという。


新日卒業後は常連外人となり、ブッチャーが新日に登場してからは、参謀役として大いに暴れまくっている。


80年代後半にWWFに登場。

WWFでのリングネームはバッドニュース・ブラウン。

ゲットーブラスターと呼ばれた延髄斬りを武器に活躍した。

その後、WWFを離脱しUWFインターに登場。

桜庭和志と対戦し、僅か6分足らずでアームロックを極めて勝利。

実力の差を見せつけてくれた。


90年代後半に、新東京プロレスの旗揚げ戦に来日。

奥村茂雄のCCW王座に挑戦。

ラリアットをワキ固めに捕らえ、腕ひしぎ十字固めを極め、9分足らずで勝利。

ここでも実力の違いを見せつけ、CCWヘビー級王座を獲得した。


その後、膝の古傷が悪化し引退。


引退後はカナダに住んで、ショッピングセンターの警備員として生計を立てていた。

しかし、2007年 カルガリーの病院で、急性心不全により死去。

帰らぬ人となった。



身長 187センチ ◇体重 120キロ

◇得意技 ゲットーブラスター

◆昭和53年デビュー



お次はこの選手(^o^)/


◇エントリーナンバー2

◆パット・パターソン


キラー・コワルスキーのコーチを受けて17歳でデビュー。

デビュー当初は黒髪にサングラス、スパンコールのガウンという悪党キャラでファイトした。

中西部を経てサンフランシスコ地区に入ると髪をブロンドに染め、レイ・スチーブンスのパートナーに抜擢され一気に人気がブレイク。

サンフランシスコでは長く活躍。

「シスコの帝王」と呼ばれていた。


初来日は日本プロレスの第10回 ワールドリーグ戦。

その後、新日本プロレスに登場。

以降81年まで新日のトップ外人の1人として頻繁に来日し、猪木や坂口と熱戦を繰り広げている。

中でも猪木のNWF王座に挑戦した試合は、パターソンの全てが出された試合としてマニアの間では語り種となっている。


AWA地区では、レイ・スチーブンスとのコンビでAWA世界タッグ王座を獲得。

翌年にはWWFに登場。

王者のボブ・バックランドと抗争を展開。

WWFでは初代インターコンチネンタル王者となり、北米王者のテッド・デビアスと王座統一戦を行い、見事に王座統一に成功。


谷津嘉章のアメリカ武者修行の時には、トレーナー兼タッグパートナー、更にマネージャーとして活躍してくれた。


レスラーからの人望も厚く、来日の際には同行したレスラーの纏め役を担っている。


1984年に引退。

引退後はWWFのフロントで活躍。

2004年に退団。


修行時代のアントニオ猪木とはライバルであり、親友でもあった。



◆身長 188センチ ◇体重 120キロ

◇得意技 アトミックドロップ

◆昭和33年デビュー



3人目はこの選手だっ(-o-)/


◇エントリーナンバー3

◆バディ・ロジャース


初代「ネイチャーボーイ」。

WWWF世界ヘビー級初代王者としても有名。

スピニングレッグロックと呼ばれていた足4の字固めの他、アトミックドロップ、パイルドライバー、ジャンピングニーアタックの元祖とも言われている。


派手な動作に重点をおいたスタイル、大袈裟なやられっぷり等、リック・フレアーを筆頭に数多くのレスラーに影響を与えた。


ニュージャージー州の出身で、学生時代はアマレスの州王者になった実績を持つ。

1939年にデビューするが、中々芽が出ず、初タイトルのテキサス州ヘビー級王座をを獲得するまで7年も掛かっている。

その後はアメリカやカナダでタイトルを獲得。

そして、遂にパット・オコーナーを破り、最高峰のNWA世界ヘビー級王座を獲得。

第43代 NWA世界ヘビー級王者となったロジャースは、MSGをホームグラウンドに3年間ベルトを保持したが、陰謀でルー・テーズに敗れ王座転落。


当時、ロジャースのブッキング権を掌握していたのは、ニューヨーク地区のプロモーターであるビンス・マクマホンだった。


陰謀でロジャースを王座から引き摺り降ろした事に怒ったマクマホンは、同年にNWAを脱退しWWWFを設立。


設立されたWWWFの初代世界王者に認定されたロジャースだったが、ブルーノ・サンマルチノに僅か48秒で敗れ王座転落。

その後はローカル団体を転戦するが、心臓病が原因で引退した。


ロジャースの年棒は1960年当時で、1億円を超えていたと言われている。


その後はマネージャーに転身。

遂に日本にその勇姿を現すことなく引退。


1992年、脳卒中により死去。



◆身長 180センチ ◇体重 102キロ

◇得意技 スピニングレッグロック

◆昭和30年デビュー



以上の3選手の中から
1人を選んで投票して下さい(^ー^)


最も得票の多かった選手が
ネクストステージへ進みます(^◇^)


それでは皆様の投票を
お待ちしておりま~す( ̄◇ ̄)ノ



※写真は左から

◇バッドニュース・アレン

◇パット・パターソン

◇バディ・ロジャース



※「ハ行」編2の結果は
 つぶやきで発表してますので
 そちらをご覧ください(゚▽゚)



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コメント

60代前半  埼玉県

2020/12/01 11:27

7.  >>3 たくやさん

オハヨーチャンデ~ス( *・ω・)ノ

アレンはプロレスラーとしての素質が
あったからでしょうね(^.^)

アレン了解です(`ー´ゞ

60代前半  埼玉県

2020/12/01 11:26

6.  >>2 アギーさん

ロジャースの何と格好良いことか(^.^)

惚れ惚れするわ(^^)

中性部にしたのは理由があって
パターソンは悪キャラからゲイギミックに
転向していたんだよ(・o・)

だからさ(* ̄∇ ̄*)

ウソです(×_×;)!

変換ミス(* ̄∇ ̄*)

直しま~す(o゜◇゜)/

ロジャース了解(`◇´)ゞ

でも、ゲイギミックは本当v(・∀・*)

リングネームはプリティ・パターソン(^.^)

60代前半  埼玉県

2020/12/01 11:21

4.  >>1 コテツさん

オハヨーチャン( *・ω・)ノ

余程、膝の具合が悪かったんだろうね(¨;)

道場とか開けば良かったのにね(~_~;)

アレン了解( ̄▽ ̄)b

60代半ば  沖縄県

2020/12/01 8:07

3. おはようございます!

今回は、アレンですねぇ(^-^;

来日のたびにプロレスが上手くなっていった選手だなぁという印象でした。

50代半ば  神奈川県

2020/12/01 7:48

2. ゴージャス・ジョージからの流れはバディ・ロジャースを経由しフレアーへ。
モハメッド・アリも影響を受けた、ロジャースで。

中性部→中西部

40代前半  広島県

2020/12/01 7:39

1. おはようです(^^)/
バットニュースアレンでお願いします!
引退して警備員だったとは意外でした(+_+)

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