伝説のレスラー 日本人編 vol.17/アニマル浜口
伝説のレスラー 日本人編シーズン2
今回は
「気合いだっ!気合いだっ!気合いだ~っ!」
で お馴染みのこの男の登場です。
「闘将」 アニマル浜口。
本名 濱口平吾
1947年 8月31日
島根県浜田市出身。
身長 178cm 体重 108kg
得意技
バックフリップ
エアプレーンスピン
ダイビングエルボードロップ
ランニングネックブリーカードロップ
小学生の時に大阪に移住。
1964にボディビルを始め、69年にミスター兵庫コンテストで準優勝を飾る。
同年 国際プロレスに入門。
格闘技経験のなかった浜口を1から鍛えあげたのは社長の吉原功であった。
72年 アメリカのインディアナポリスのWWAに遠征。
ディック・ザ・ブルーザーとの抗争でヒールのトップスターとなった。
73年に帰国。
77年 グレート草津とのコンビでIWA世界タッグ王座を獲得。
同年、同郷のマイティ井上とのコンビ「浪速ブラザーズ」で全日本プロレスの「極道コンビ」小鹿&大熊組からアジアタッグ王座を奪取している。
79年に新日本プロレスの山本&星野のヤマハブラザーズにIWAタッグ王座を奪われるが 浪速ブラザーズで王座奪回に成功した。
同年 開催された「夢のオールスター戦」では後の盟友 長州 力とタッグを結成し極道コンビと対戦している辺りは何か運命的なものを感じずにはいられない。
タッグ戦線で活躍する一方、 ケガや病気に見舞われることが多く80年と81年にはIWAタッグ王座を返上している。
国際プロレスの崩壊時も病院のベッドの上であった。
国際プロレス崩壊後は新日本プロレスに参戦。
真夏の田園コロシアム決戦の日に、木村と寺西と共に会場に乱入。
木村が「こんばんは!」発言で失笑を買っているさなかに、浜口が素晴らしいマイクパフォーマンスで木村のピンチを救っている。
猪木との1対3の変則マッチは今でも記憶に残っている人も多いのではないでしょうか…。
83年 国際軍から離脱し長州 力のパートナーとして「維新軍団」を結成。
マサ斎藤、キラー・カーン、谷津嘉明、小林邦昭等と共闘し猪木率いる新日本プロレスと互角の闘いを繰り広げた。
84年にジャパンプロレス設立と共に全日本プロレスに移籍。
浜口自体に特筆するような強さはなかったがタッグパートナーとして主役級の相棒を引き立てる助演の上手さに定評があり、ジャイアント馬場からも評価されていた。
87年 ジャパンプロレスが分裂。
長州等の新日本プロレス復帰に合わせ現役を引退した。
引退セレモニーでの挨拶で「私はこの四角の中に魂があったんですよ。ありがとう プロレス、さよならプロレス。」という浜口節と10カウントで締めた。
引退後は浅草に「アニマル浜口 トレーニングジム」を開設。
日本有数のプロレスラー養成施設として幅広い分野から入門者が後を絶たない程の人気がある。
浜口ジムからは小島 聡、大谷晋二郎、大森隆男、小原道由、SUMA、本間朋晃等をプロレス界に送り込んでいる。
90年に1度 現役に復帰。
理由は不甲斐ない長州に喝を入れるためであった。
その後はセミリタイア状態が続くのだが94年にWARに参戦。
天龍 北原とのトリオでWAR6人タッグ王座を獲得する。
王座 転落後は活動を停止。
87年に1度引退セレモニーをしているので それを正式な引退としているらしいです。
でも 死火山ではないので いつかまた爆発するかもしれませんね。
コメント
2011/02/23 12:12
2. >加持 りょうじさん
僕はやはりマイティ井上との「浪速ブラザーズ」が1番印象深いです。
長州とのコンビもよかった
返コメ
2011/02/23 12:01
1. アニマル浜口は、寺西とのタッグが印象深いですね。
本当は長州力とのタッグなのでしょうけど…?
国際のイメージが強いん
でしょうねぇ。
返コメ