伝説のレスラー 日本人編 vol.33/大仁田 厚
60代前半  埼玉県
2011/04/09 18:09
伝説のレスラー 日本人編 vol.33/大仁田 厚
伝説のレスラー 日本人編シーズン2

今回はインディーの帝王
「炎のカリスマ」 大仁田 厚の登場です。


本名 大仁田 厚

1957年10月25日
長崎県長崎市出身。

身長 181cm 体重 120kg

得意技

サンダーファイヤーボム
サンダーファイヤー1号、2号
デンジャラス・ドライバー・オオニタ(DDO)


1973年に全日本プロレスの新弟子第1号として入門。

74年デビュー。


82年にアメリカでチャボ・ゲレロの持つNWAインターナショナル・ジュニアヘビー級王座に挑戦し見事に奪取。

1度 メキシコでサングレ・チカナに王座を奪われたが すぐに奪回し帰国。

NWAのベルトを引っ提げて凱旋帰国した大仁田は「炎の稲妻」と呼ばれ人気を博し、全日本プロレスのジュニアヘビー戦線で大活躍するが83年 試合終了後にアクシデントに見舞われ左膝蓋骨粉砕骨折をしてしまい長期間の欠場を余儀なくされてしまう。

1度復帰するのだがジュニア戦線に追いついて行けず 馬場夫妻の勧告により84年に引退を賭けてマイティ井上と対戦したが敗れてしまい翌年 後楽園ホールで引退した。

引退後はタレント活動を経て事業家となり成功するのだが すぐに借金まみれとなってしまい会社は倒産。
土木作業員や配達員をして なんとか生き延びた後にジャパン女子プロレスにコーチとして就任。

88年 同じくジャパン女子のコーチを務めていたグラン浜田と抗争が勃発。
遺恨の決着をリング上でつけるために現役復帰。

89年にパイオニア戦志の剛 竜馬と対戦。

さらに「格闘技の祭典」で空手家の青柳政司と異種格闘技戦で対戦。

そして同年 全財産5万円を元手に自らの団体「FMW」を旗揚げするのである。

90年に汐留で行われたターザン後藤との「ノーロープ有刺鉄線電流爆破デスマッチ」で一気に大ブレイク!

その後も川崎球場や西宮球場等の大会場で大掛かりなデスマッチを開催し「涙のカリスマ」、「デスマッチの教祖」等の異名を取った。

ザ・シークやタイガー・ジェット・シン、テリー・ファンク等の往年の名レスラーを招聘し数々の抗争を展開し話題を呼んだ。

94年 デスマッチ王の勲章として「縫合個所1000針突破記念パーティー」を開催。

同年 ミスター・ポーゴとの抗争においてムタばりのペイントレスラー「グレート・ニタ」に変身。

素顔の大仁田とは違い奇声を発したり大胆な凶器攻撃などで悪魔の化身に見事に成り切った。


同年 川崎球場で天龍源一郎と対戦し敗退。
1年後に引退すると宣言。

以降 1年間 引退カウントダウンツアーとして日本各地を巡業。

大仁田信者は大仁田の最後の勇姿観たさにこぞって会場に足を運んだ。

95年 1年前と同じ日、同じ会場で弟子のハヤブサと引退試合を行い2度目の引退。

しかし96年 引退するライバルのポーゴの願いを叶えるために1試合限定で復帰。
そのままなし崩しにリングに上がり続けたが98年に遂に自ら旗揚げしたFMWを追放されてしまう。

しかし大仁田は邪道魂を発揮し99年から新日本プロレスに参戦。

佐々木健介、蝶野正洋、ムタ、長州等を相手に新日マットで電流爆破デスマッチも実現。

「大仁田劇場」と称された真鍋アナとのやり取りで新日のトップレスラー達を食っていた。

新日参戦と並行して「大仁田プロレス」と銘打った自主興行も開催。
小規模ながらメジャー団体並にシリーズを組んで地方巡業も行っていた。

2001年 「ジャイアント馬場三回忌追悼興行」で16年ぶりに古巣の全日本プロレスに参戦。
テリーとのコンビでブッチャー&ジャイアント・キマラ組と対戦した。


2003年 WJプロレスに参戦。

越中相手に電流爆破デスマッチを敢行。


2005年 「プロレス卒業試合」として3度目の引退試合を行ったが すぐに「曙とデスマッチをやりたい。」と発言。
もはや大仁田の引退など誰も信じなくなっていた。

まるで布団屋の恒例の閉店セールみたいなものである。


2006年 「大仁田 厚提供 奉納試合」として3度目の復帰。

当初はこれまた恒例となった1試合限定復帰であったが、2007年に正式にプロレスラーに復帰すると宣言。
夕張市でチャリティー自主興行を開催。メインの有刺鉄線デスマッチに鈴木宗男を特別レフリーに迎えるといったハチャメチャな試合を繰り広げた。


2009年 ロックアップ、昭和プロレスに参戦。


2010年 「大仁田興行」で久しぶりにターザン後藤と対戦。

この試合で引退したのだが半年後に復帰。

もう一生やってろって感じだね(-.-;)

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コメント

Taka[台風][退]
40代半ば  沖縄県

2011/04/10 11:30

19. >☆コイサン☆さん


ハンサムJOEを観た時には衝撃を
受けましたね[!!]
ワロタ、ワロタ[ウッシッシ]
そのキャラ、そのアングル。。。
菊タローより面白いぞ[!!][ウッシッシ]

60代前半  埼玉県

2011/04/10 10:06

18. >たかさん

ベスト5!
大仁田ってそんなに人気があったんですね~[冷や汗2]

ハンサムJOEってインディーの選手ですよね?

アメリカンジョークみたいにブサイクな顔してるんですかね~[猫2]

ハンサム・ハーリー・レイスやプリティ・ラリー・ヘニングみたいに[ウッシッシ]

60代前半  埼玉県

2011/04/10 10:03

17. >たぷすぺさん

大仁田の業界で生き延びようとするアイデアには脱帽です[びっくり]

電流爆破デスマッチはデスマッチファンのハートを一気に捕らえましたからね〓

60代前半  埼玉県

2011/04/10 10:00

16. >KENZIさん

リッキー・フジ!

懐かしいですね~[ウッシッシ]

まだレスラー続けてるんですかね?

60代前半  埼玉県

2011/04/10 9:58

15. >K④@貧乳好き[黒ハート]さん

道頓堀って物凄く汚いんですよね[冷や汗2]

大仁田ってアホなんだね[ウッシッシ]

Taka[台風][退]
40代半ば  沖縄県

2011/04/10 0:46

14. こんばんは(^-^)

全日時代のファイトスタイルはテリーファンクに
似ているな~って思ってました。
当時のゴングか週プロの好きな
プロレスラーのトップ5の常連
との記憶もあります。
邪道大仁田のプロレスには、、、
ですが、ジャンルを超えた知名度
には、凄みを感じます。
チカナ[!!]懐かしい~[ウッシッシ]
初めてハンサムJOEを観た時には
なぜか大仁田を思い出してました
[うれしい顔]
   m(__)m

----[退]
40代前半  北海道(道央)

2011/04/10 0:42

13. ファイトスタイルや引退撤回騒動に賛否両論あるとは思いますが、それすらも受け止めるのがプロレスというジャンルの懐の深さだと考えてます[にこ(ネコ)]
何度倒されてもまた立ち上がるタイミングが、試合中か生き様かの違いでしょうから。

お金払って会場に足を運ぶかは私的にはビミョーですけど[たらーっ(汗)]、試合を観ている人間の気持ちを何かしら動かす能力には長けている人だと思いますよ[にこ(ネコ)]

70代以上  北海道(道央)

2011/04/10 0:33

12. 札幌初見参の時、貰ったチケットで
月寒グリンドームへ行きました。

間近で見たが、鼻の穴デカかった
(笑)

ちなみに、サンボ浅子がグレゴリーベリチェフに負けて坊主になってました。

でも、リッキーフジは好き(爆)[あせあせ(飛び散る汗)]
 

30代後半  長野県

2011/04/10 0:19

11. 傷だらけで
汚水の道頓堀ダイブは

翌日の東スポに
次は破傷風デスマッチだ!
って書かれてました(笑)

60代前半  埼玉県

2011/04/09 23:48

10. >まさ(乗り逃げ野郎)さん

本当にその通りです[ウッシッシ]

あいつは活気のナイ商店街に嘆いていたからヘタすりゃそっちにしか気が行かずに他のコトなんかどうてもいいって言い出しかねなかったからね[猫2]

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