伝説のレスラー vol.102/キラー・カール・クラップ
伝説のレスラー。
今回は「青銅の爪」キラー・カール・クラップの登場です。
1957年 「ダッチ・モンバーグ」のリングネームでデビュー。
当時は欧州で活動していた。
70年 カナダに渡り「マッドドッグ・モンバーグ」と改名しヒールとして活動した後 72年にナチスギミックの「キラー・カール・クラップ」に変身。
73年 末期の日本プロレスに初来日。
ジョニー・バレンタインとのコンビで大木・坂口組からインターナショナルタッグ王座を奪取。
その後 一度は大木・上田組に奪われるのだが 今度はナチスギミックの先輩レスラー フリッツ・フォン・エリック とのコンビで再びインタータッグを獲得している。
74年に新日本プロレスに来日。
第1回ワールドリーグ戦に出場。
予選リーグと決勝リーグで猪木にピンフォール勝ちするという快挙を達成。
翌年もワールドリーグ戦に出場し猪木からリングアウト勝ちを収めている。
80年に国際プロレスに来日。
この頃アメリカではテネシーでジェリー・ローラーと抗争している。
81年 全日本プロレスの世界最強タッグ決定リーグ戦への参加が最後の来日となった。
カナダを主戦場にしていたクラップはアメリカ本土のメジャー団体での実績は少なかったが、テキサス地区ではエリックと「鉄の爪」VS「青銅の爪」対決で抗争をしている。
「荒馬」テリー・ファンクや「殺人鬼」キラー・カール・コックスとも抗争を展開している。
インディアナポリスのWWAでは「生傷男」ディック・ザ・ブルーザーと抗争。
フロリダではダスティ・ローデスやマイク・ジョージと抗争している。
少ないながらもキッチリと爪痕を残しています。
95年に心臓麻痺で死去。
享年 61歳。
子供の頃にTVで観たクラップは とても憎たらしい顔をしていた。
「なんてムカつく顔なんだろ~」と思っていたもんです。
今 思えばヒールに徹していたからだったんでしょうね。
外人招聘ルートが弱かった新日本プロレス創成期を支えた外人レスラーとして日本のマットにもしっかりと青銅の爪痕を残しています。
1934年5月13日
カナダ ニューブランズウィック州出身。
1995年8月24日没
本名 ジョージ・モンバーグ
T 193cm W 120kg
得意技
・ブロンズクロー
・カウンターハイキック
コメント
2011/04/30 8:58
2. >カズチャンさん
![[にこにこ]](https://img.550909.com/emoji/ic_smile.gif)
![[冷や汗2]](https://img.550909.com/emoji/ic_face_csweat02.gif)
」とニヤケてたりしていたみたいですね![[にこにこ]](https://img.550909.com/emoji/ic_smile.gif)
オハヨウゴザイマス
飛ぶ鳥落とす勢いの頃のクラップはリングを降りても粗暴で態度の悪いレスラーだったそうです
でも国際に来日した時は娘さんの写真を見せて「カワイイだろ~
全日に来日した時は峠を越えていたせいなのか周りのメンバーが粒ぞろいだったせいか控室でも大人しかったみたいですよ
返コメ
2011/04/30 8:03
1. おはようごさいます
。
彼も多くの悪役レスラー同様に『マットを降りたらとてもいい人』だったのかなあ、と思いました。
特に右の写真なんかカメラマンの注文にいろいろポーズをとってみたり、自分から『こうした方がいいかな〓』なんて言ってる感じがします。
返コメ