伝説のレスラー vol.107/レイ・スチーブンス
伝説のレスラー。
107回目の今回は
「金髪の悪魔」レイ・スチーブンスの登場です。
アメリカでは「ブロンド・ボンバー」や「ザ・クリップラー」の異名を持つ 金髪のヒール。
小柄ながら気風のいいファイトスタイルとケレン味のある試合巧者ぶりで一時代を築き上げ、スーパースター・ビリー・グラハムやリック・フレアーをはじめ 彼から影響を受けたレスラーは数多い。
バディ・ロジャースに憧れ1950年に若干15歳でデビュー。
60年にはサンフランシスコを主戦場にし 同地区認定のUSヘビー級 初代王者に輝いた。
以降 同王座を巡って ウイルバー・スナイダーやパット・オコーナー、ボボ・ブラジル、キング・カーチス・イヤウケア等と抗争を展開。
同王座はサンフランシスコ地区を離れるまでに9回も獲得。
「シスコの帝王」とも呼ばれ、67年にはサンフランシスコに遠征して来たブルーノサンマルチノのWWWF世界王座に挑戦しリングアウト勝ちを収めている。
タッグ戦線でもパット・パターソンとのコンビ「ブロンド・ボンバーズ」で活躍。
68年 日本プロレスに初来日。
BI砲の保持するインターナショナルタッグ王座に2回挑戦した。
70年代になるとAWAに進出し ニック・ボックウインクルとのコンビでAWA世界タッグ王座を3度獲得。
71年に全日本プロレスに特別参加。
74年にAWAタッグ王者として国際プロレスに来日。
木村&草津組の保持するIWA世界タッグ王座とダブルタイトルマッチを行った。
2対1で勝利を収めたが反則絡みのためタイトルの移動はなかった。
75年 後半からアマリロ地区に転戦し同地区のブラスナックル王座を3回獲得している。
その後 AWAでパット・パターソンとブロンドボンバーズを再結成。
78年にAWA世界タッグ王座に返り咲いた。
79年にタッグ王座から転落。
AWAを離れNWAミッドアトランティック地区に転戦。
80~81年にかけて同地区認定のNWA世界タッグ王座を3回獲得している。
82年からWWFを1年間サーキット。
ブラッシーやルー・アルバーノをマネージャーにしてジミー・スヌーカ等と抗争を展開した。
1年後にWWFを離れてからはセミリタイア状態であったが80年代後半にAWAで解説者として現場に復帰。
91年にAWAが活動を停止するとプロレス界から完全に引退。
96年 心臓発作のため死去。
享年60歳。
1935年9月5日
ウエストバージニア州ポイントプレザント出身
1996年5月3日没
本名 カール・レイモンド・スティーブンス
T 183cm W 112kg
得意技
・アトミックボムズアウェー
・ダイビングニードロップ
・パイルドライバー
コメント
2011/05/05 21:59
2. >カズチャンさん
TV放映されない外国人レスラーはルーキーでは居ると思いますが レイスティーブンスぐらいになるとされてると思います(^_^;)
返コメ
2011/05/05 20:58
1. こんばんは
。
。
この日記も含め、始めて知るレスラーが多いのでコメントのしようがないです
特に外国人レスラー達。
せっかく来日してもテレビで放映されなかった人たちも多いんでしょうか〓
返コメ