伝説のレスラー vol.121/レイ・キャンディ
伝説のレスラー。
121回目の今回は
「黒い重戦車」 レイキャンディの登場です。
意外にもキャンディのトレーナーはドリー・ファンク・ジュニア
ドリーの厳しいトレーニングを経て地元ジョージアで1973年デビュー。
75年にテキサス・アマリロ地区でNWAウエスタンステーツヘビー級王座を獲得。
同年 師匠ドリー・ファンク・ジュニアとのコンビでNWAウエスタンステーツタッグ王座を獲得。
以降も主にアメリカ南部地区で活動。
ルイジアナではアーニー・ラッド、ジョージアではブッチャー 等の先輩黒人レスラーと抗争した。
その後 ジョージアでの抗争を通しブッチャーに気に入られ 79年にブッチャーのパートナーとして全日本プロレスに初来日。
馬場&鶴田組を破りインターナショナルタッグ王座を獲得する。
80年に全日のチャンピオンカーニバルに出場。
ファンクファミリーのテリー 、スレーター 、テッド・デビアス 等と激闘を繰り広げた。
オースチン・アイドルとのコンビでPWFタッグトーナメントにも出場。
81年 国際プロレスに来日。
「ルー・テーズ杯争奪リーグ戦」の予選に出場。
決勝リーグに進出を決めたが国際プロレスが崩壊してしまったため決勝リーグは開催されなかった。
82年にダラスでマスクマンの「マスクド・スーパーフライ」に変身。
アンドレ 等と闘った。
83年 バッドバッド・レロイ・ブラウンとの超大型黒人コンビ「ザンビア・エクスプレス」を結成。
迷彩服を着て イスラム系アフリカ兵ギミックのタッグチームとして活躍。
84年にザンビア・エクスプレスとして新日本プロレスに来日。
ザンビア・エクスプレス解散後も新日の常連外人となり86年にはマスクマンの「スーパー・マリオン」に変身して来日している。
87年 プエルトリコのWWCでブロディと抗争。
88年にも新日に来日。
しかし体調を崩し途中で帰国してしまった。
この来日が最後の来日となり その後はトレーナーになり後進の指導・育成に励んでいたが94年に心臓発作のため 42歳の若さで他界してしまいました。
1951年12月3日
ジョージア州アトランタ出身
1994年5月23日没
本名 レイ・キャンディ
T 195cm W 155kg
得意技
・ヘッドバット
・ダイビングボディプレス
・ジャンピングエルボードロップ