伝説のレスラー vol.9/ザ・シーク 改訂版
ワタクシの中で「ヒール」と聞いて真っ先に思い出すレスラーは4人。
フレッド・ブラッシーとアブドーラ・ザ・ブッチャーにタイガー・ジェット・シン。
そしてこの人ザ・シーク!
凶器を使わせたら恐らくこの人の右に出るレスラーはいないでしょう。
ブッチャーと仲間割れした時に見せた火炎攻撃には正直言って度肝を抜かれたもんです。
レスラーとしては「アラビアの怪人」と呼ばれ プロモーターとしては「デトロイトの帝王」と呼ばれてました。
1950年に「ザ・シーク・オブ・アラビア」のリングネームでデビュー。
当初は普通のファイトスタイルでテキサス州などを転戦。
ドリー・ファンク・シニアとも対戦している。
その後、「蛇」、「火炎攻撃」などのギミックを用いて独自のスタイルを確立した。
62年にセントルイスでパット・オコーナーを破り、セントラルステーツ版のNWA・USヘビー級王座を獲得。
64年にデトロイト地区のプロレス興行権を買い取り「NWAビッグタイム・レスリングを設立。
NWAの会員資格を取得し、プロモーターとしても有力な存在となった。
65年にジョニー・バレンタインからデトロイト版のNWA・USヘビー級王座を奪取。
以降、80年までの間に同王座を15回獲得している。
デトロイト以外にも精力的に遠征しており、68年にはニューヨークのWWWFで、時の世界王者ブルーノ・サンマルチノに3ヶ月連続で挑戦している。
69年にはロサンゼルス地区でフレッド・ブラッシーやミル・マスカラスとNWAアメリカス・ヘビー級王座を争っている。
72年には日本プロレスに初来日。
田園コロシアムと大阪府立体育館の2試合だけ特別参加する、超VIP待遇での来日だった。
初来日でいきなり坂口征二からUNヘビー級王座を奪取している。
73年に全日本プロレスに参戦。
馬場の保持するPWFヘビー級王座の初防衛戦の相手として、この来日でも大阪府立体育館と東京・日大講堂の2試合だけの特別参加であった。
74年には新日本プロレスに来日。
新日本プロレスでは6試合に出場。
第1戦はなんと、後楽園ホール。
当時のシークを後楽園ホールに出場させてしまうなんて考えられなかったのである。
対戦相手は因縁の坂口征二であった。
猪木とは沖縄で2連戦。
しかしNWFのベルトは懸けられなかった。
同年、カナダ・トロントのメープルリーフ・ガーデンにてアンドレ・ザ・ジャイアントと対戦。
79年にはデトロイトに遠征して来た、ニューWWFヘビー級王者バックランドにも挑戦している。
プロモーターとしては、WWFやカナダのメープルリーフ・レスリングなどと提携し繁栄マーケットを築いていたが、デトロイト地区の景気急落などの諸事情により観客動員が落ち込み、80年にビッグタイム・レスリングは活動を停止してしまった。
以降はフリーの立場となり世界各地を転戦。
フロリダではダスティ・ローデスと流血の抗争を展開したり、デトロイト時代の盟友アンジェロ・ポッフォが旗揚げしたICWなどにも参戦している。
全日本プロレスにも再び来日し、ブッチャーとのコンビで世界オープンタッグ選手権や世界最強タッグ決定リーグ戦で活躍。
82年からセミリタイア状態となり、後進の指導・育成を手掛け、サブゥーを始めロブ・ヴァン・ダムやスコット・スタイナーなどのミシガン出身のレスラーをコーチしている。
90年代はFMWなどのインディ-団体に来日。
甥っ子のサブゥーと組んで大仁田・後藤組と対戦したファイヤーデスマッチでは炎の量が多過ぎてリング上は酸欠状態に陥ってしまったがシークだけは最後までリングに残り、リングを降りても観客を蹴散らして退場し最後まで"悪"に徹するプロ根性を見せてくれた。
2003年に76歳でこの世を去るまで一貫して悪役に徹したのはプロだからこそ。
シークと名乗るレスラーが後を絶たない中で本国アメリカでは彼に敬意を表して「ザ・オリジナル・シーク」と呼んでいました。
悪役の中の悪役。
彼の名もプロレスの歴史に必ず刻まれることでしょう。
1929年6月9日
ミシガン州ランシング出身。
2003年1月18日没。
本名 エドワード・ジョージ・ファーハット
得意技
・キャメルクラッチ
・アラビアンバックブリーカー
・凶器攻撃
・火炎攻撃
2007年 WWE殿堂入り。
2010年 NWA殿堂入り。
コメント
2010/07/18 23:03
6. >りゅー【プロフのsexとキャリア以外嘘っぱちバージョン】さん
シークの舌を出してアッチの方角を見ながらの凶器攻撃は身の毛もよ立つって感じでしたよね
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2010/07/18 22:58
5. シークが一番こわかったです。
返コメ
2010/06/29 10:49
4. >プリズナーNo.6(ニャンコ先生)さん
まさにザ・シーク〓
返コメ
2010/06/29 0:16
3. シーク・オブ・シーク!
返コメ
2010/06/14 11:27
2. >タッチさん
2007年にWWEで殿堂入りしたのは彼のプロレス界への功績を称えてとのことだそうです。
でも遅いっちゅうの!
偉大なるヒールですね
返コメ
2010/06/14 11:02
1. ブッチャ-とのコンビで挑んだ世界オープンタッグ伝説になっているザ・ファンクス、テリー、ドリーとの一戦 シークがいたからこそブッチャ-もそして、ドリーもテリーも脚光を浴びたと思います、何が飛び出すか想像のつかない悪役中の悪役 プロレス界に多大なる貢献を尽くしプロレスファンを喜ばせたシークに心からご冥福をお祈り申し上げます・・・
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