伝説のレスラー vol.146/マーク・ルーイン
オールドタイマー編 シーズン2
12回目の今回は
「毒蛇」 マーク・ルーインの登場です。
「アナコンダ殺法」と呼ばれるプロレス界最高のスリーパーホールドの使い手として有名。
1953年 ルーイン3兄弟(ドン・ルーイン、テッド・ルーイン、マーク・ルーイン)の末弟として若干16歳でデビュー。
56年 ドンとのコンビでアメリカンタッグ王座獲得。
57年 再びドンとのコンビでジョージア地区のNWAインターナショナルタッグ王座を獲得。
58年 ニューヨークのキャピタル・レスリング・コーポレーションにおいて、ドン・カーティスとのコンビでNWA・USタッグ王座を獲得。
63年 カーティスとのコンビでNWA世界タッグ王座を2回獲得。
カーティスとのコンビ解消後はオーストラリアに渡りドミニク・デヌーチとコンビを結成。
66年 オーストラリア版IWA世界タッグ王座を獲得。
シングルではIWA世界ヘビー級王座を獲得。
オーストラリアから帰国後 ロサンゼルスでルー・テーズを破りWWA世界ヘビー級王座を獲得。
タッグ戦線でもペドロ・モラレスをパートナーにしWWA世界タッグ王座を獲得。
67年 韓国でキム・イルに敗れWWA世界ヘビー級王座から転落。
その後WWAがNWAに吸収されてからは後継タイトルであるNWAアメリカスヘビー級王座を懸けてアイアン・マイク・デビアスやフレッド・ブラッシーと抗争を展開した。
同年 シドニーでキング・カーチス・イヤウケアを破りIWA世界ヘビー級王座を再び獲得。
70年にカナダのバンクーバー地区に進出。
パシフィックコースト・ヘビー級王座を獲得。
71年にはカナディアンタッグ王座を獲得。
同年 オーストラリアではキラー・コワルスキーやキング・カーチス・イヤウケアとのコンビでIWA世界タッグ王座を2回獲得。
73年 フロリダで南部ヘビー級王座を獲得。
デトロイトではザ・シークと抗争を展開した。
シークとの抗争は長く続き、デトロイトではドル箱カードとなり 75年にはシークからUSヘビー級王座を奪取している。
この年に全日本プロレスに初来日。
「第1回チャンピオンカーニバル」に参戦。
決勝で馬場に敗れたものの、期待に違わぬ活躍を見せ帰国。
チャンピオンカーニバルには第2回、第3回と3年連続で参戦している。
ここまでは主にベビーフェイスとして活動していたルーインであったが、この後 狂人系ヒールに転向してしまうのである。
そして79年~80年にかけて
「マニアック・マーク・ルーイン」や「マッド・マーク・ルーイン」のリングネームでテキサス地区のダラスを主戦場にしダスティ・ローデスやスーパースター・ビリー・グラハムとブラスナックル王座を巡り抗争を展開。
また同時にテキサスヘビー級王座を懸けてデビッド・フォン・エリックやジノ・ヘルナンデスとも争った。
81年にはニュージーランドでジョー・ルダックと英連邦ヘビー級王座を争っている。
同年、全日本プロレスに来日しアブドーラ・ザ・ブッチャーとのコンビでBT砲の保持するインターナショナルタッグ王座に挑戦。
そして年末の「世界最強タッグ決定リーグ戦にはザ・シークとのコンビで参戦している。
82年になるとニュージーランドのプロモーター兼エースのスティーブ・リッカードとのコンビでオーストラリアンタッグ王座を獲得。
ルーインはオーストラリアのIWA時代から南半球では一貫してベビーフェイスとして活動している。
83年からフロリダで「パープル・ヘイズ」のリングネームでケビン・サリバンと怪奇派ユニットを結成。
86年までフロリダを主戦場にしダスティ・ローデスやアンジェロ・モスカ 、ブラックジャック・マリガン 、ワフー・マクダニエル等と抗争を展開。
その間 日本ではUWFに来日。
高田と対戦している。
90年代に入ると単発的にインディー団体のマットに上がる程度で表舞台には姿を現さなかった。
98年に引退。
1937年2月26日
ニューヨーク州バッファロー出身
本名 マーク・ルーイン
T 188cm W 118kg
得意技
・スリーパーホールド
・ジャンピングパイルドライバー
コメント
2011/12/28 15:48
2. >ヨーデルさん
コメントありがとうございます。
昭和のプロレスは楽しかった。
スゴいレスラーがたくさん居たし、観ていてワクワクドキドキが止まらなかったです(^-^)
僕の日記を読んで、あの頃にタイムスリップしてみて下さい(^_^)
返コメ
2011/12/28 15:22
1. いや~
凄く詳しいですね!
お見事です!
懐かしく感じて、何回か拝見させてもらってます。
当時、来日する外国人は凄いレスラーが、いましたね!
これからも、楽しみにしています。
返コメ