伝説のレスラー マネージャー編 vol.5/サー・オリバー・フンパーディング
伝説のレスラー マネージャー編
第5回目の今回は
サー・オリバー・フンパーディングの登場です。
70年代から80年代にかけてフロリダを中心にNWAの主要テリトリーで活動。
「ハウス・オブ・フンパーディンク」なるヒール軍団を組織し、悪徳マネージャーとして一時代を築きあげ、ファンのブーイングを浴び続けた。
少年時代からプロレスファンであり、1965年に地元ミネアポリスの興行で会場の案内係を務めたのを機に業界入り。
AWAでリングボーイやセキュリティガードとなって働きながら、ニック・ボックウインクル 、レイ・スティーブンス 、パット・パターソン 、ボビー・ヒーナンなど レスラーとの人脈を築いていった。
73年 マッドドッグ・バションが主宰していたカナダのモントリオールのグランプリレスリングに活動の場を移し、レフリーを経て ブッチャー・バションの勧めでヒールのマネージャーに転向した。
髪の毛が赤毛のため 「レッド・サットン」のリングネームで活動していたが、ドン・ジャーデンの提案により 「サー・オリバー・フンパーディング」に改名。
ハリウッド・ブロンズのマネージャーとなり、モントリオールを皮切りに フロリダやロサンゼルスなど各地を転戦した。
76年 ブロンズと別れ NWAフロリダに定着。
以降 フロリダ地区のヒール勢をマネージメントし フロリダのヒーロー ダスティ・ローデスとの抗争を指揮した。
82年から83年にかけてはNWAミッドアトランティック地区で活動し その後 再びフロリダに戻り ケビン・サリバンと結託しローデスやブラックジャック・マリガンと抗争を展開した。
87年にフロリダ地区がジム・クロケット・プロモーションズに買収されたことを機にNWAを離れ WWFと契約。
バンバン・ビガロのマネージャーを担当。
共にベビーフェイスのポジションになり ハルク・ホーガンとも共闘した。
88年にNWAに復帰。
ヒールターンし サモアン・スワット・チームを担当。
90年に入ると 「ビッグダディ・ディンク」のリングネームに改名させられ マイケル・ヘイズ&ジム・ガービンの「ファビュラス・フリーバーズ」のローディーを任された。
しかしオリバーは このギミックチェンジに不満を持ち 当時のWCWの舞台裏のいざこざに疲れはて、93年にプロレス界から引退した。
2001年 大動脈弁の置換手術を受け、心臓にペースメーカーを移植。
その費用はプロレス関係者のOB会である「カリフラワーアレイクラブ」の有志によって集められ、オリバーに寄付されている。
2011年 肺炎による合併症のため死去。
享年62
◇主な担当選手◇
◆スーパースター・ビリー・グラハム◇イワン・コロフ
◇オックス・ベーカー◆ザ・スポイラー
◆ミスター・サイトー◇ジョー・ルダック
◇アーニー・ラッド◆バッドバッド・レロイ・ブラウン
◆スーパー・デストロイヤー◇バグジー・マグロー
◇ニコリ・ボルコフ◆バロン・フォン・ラシク
◆ドン・ムラコ◇ブルーザー・ブロディ
◇ディック・スレーター◆アレックス・スミルノフ
◆グレッグ・バレンタイン◇ワンマン・ギャング
◇レイ・キャンディ◆アブドーラ・ザ・ブッチャー
◆ケビン・サリバン◇ポール・オンドーフ
◇ヘラクレス・ヘルナンデス◆バンバン・ビガロ
☆主な担当タッグチーム☆
★ザ・ファンクス
☆ハリウッド・ブロンズ
★ファビュラス・フリーバーズ
☆サモアン・スワット・チーム
1949年1月16日
ミネソタ州ミネアポリス出身
2011年3月20日没
本名 ジョン・サットン