伝説のレスラー マネージャー編 vol.7/ポール・ヘイマン
伝説のレスラー マネージャー編
第7回目の今回は
「サイコ・ヤッピー」 ポール・ヘイマンの登場です。
熱狂的なプロレスマニアとして育ち、日本のプロレスも好きで 特に小橋建太の大ファンとしても知られている。
業界誌のライターやカメラマンを経て1986年にマネージャーとしてデビュー。
「ポール・E・デンジャラスリー」のリングネームを用い、いつでも契約に応じられるように携帯電話を手放さないヤッピーのドラ息子というキャラクターのもと、ヒールのポジションで活動。
メンフィスのCWAやAWAを経て、WCW移行期のNWAのジム・クロケット・プロモーションズに移籍。
ヒール軍団 「デンジャラス・アライアンス」を結成。
スティーブ・オースチン等をマネージメントした。
93年 フィラデルフィアのハードコアインディー団体 ECWのプロデューサーに就任。
元 プロレスマニアならではの独自のプロレス感によるマッチメイクが多くのプロレスファンに受け人気絶頂となり、96年にはECWを買収。
オーナーとしてECWの全国展開を計画し、WCW 、WWEに次ぐ第3勢力にまで成長させたのである。
しかしプロレスについては天才的な彼も、経営者としての才能には恵まれずECWは資金繰りに苦戦。
自転車操業を繰り返し倒産。
ヘイマン自身も自己破産してしまうのである。
2001年にWWEに活動の場を移し解説者を務めていたが、WCW&ECW連合軍が結成されると連合軍に付き、抗争の末 連合軍が敗れると同時に姿を眩ました。
2003年からWWEのTVショーのGMを務め、カート・アングルとクリス・ベノワが数々の名勝負を繰り広げたことで高い評価を得た。
しばらくの間、裏方のクリエイティブ業に専念していたが、2005年に元ECWのメンバーを集めて行われたWWEのイベント 「ECW'S ONE NIGHT STAND」において再び表舞台へと躍り出て来るのである。
同年 ジム・コルネットの後任としてWWEのファーム団体OVWのヘッドブッカーに就任。
2006年 ECWがWWE傘下の団体として復活したら OVWのブッカーをアル・スノーに引き継ぎ、再びECWのトップに就いたが番組の視聴率は低迷。
ヘイマンはWWEを解雇されてしまった。
2010年 米メディアのMMA FIGHTINGのインタビューに応じ プロレス界から手を引いたこと 、そして今後は総合格闘技の広告事業に携わるとし 「Looking for Larry」なる会社を設立。
総合格闘家達のプロモーションビデオの制作をしていくことを明かした。
まだまだ46歳。
今後の活躍に期待しましょう。
◇ポール・ヘイマン 主な担当選手◇
◆トミー・リッチ◇オースチン・アイドル
◇アドリアン・アドニス◆アーン・アンダーソン
◆リック・ルード◇ラリー・ズビスコ
◇スティーブ・オースチン◆ボビー・イートン
◆マイケル・ヘイズ◇ドン・ムラコ
◇ジミー・スヌーカ◆エディ・ギルバード
◆タズマニアック◇ブロック・レスナー
◇ビッグ・ショー◆カート・アングル
◆ハイデンライク◇ロブ・ヴァンダム
◇サブゥー
☆主な担当タッグチーム☆
★オリジナル・ミッドナイト・エクスプレス
☆サモアン・スワット・チーム
★ダッドリー・ボーイズ
1965年9月11日
ニューヨーク州スカーズデイル出身
本名 ポール・ヘイマン